6. ブタの全身麻酔

 ブタの全身麻酔は基本的にはイヌやネコと共通の部分が多いので,ここではブタに特有な部分を中心に取り上げて説明する。

6・1ブタの鎮静と麻酔に関する問題点と留意事項

  1. ブタは非常に興奮しやすい動物であり,一旦興奮すると鎮静薬も効きにくくなる。したがって,筋肉注射などのできるだけ簡便な手技で興奮する前に鎮静させてしまうことが肝要である。実験に使用するブタは一般的に小型のものが多いので,足が入るように穴を四つ開けた布で吊りあげてしまうと扱いやすくなる。吊った状態で静かに馴らしてから前投薬を注射する。
  2. 実験用のミニブタなどは耳が小さいので耳静脈を使いにくいし,表在静脈も少ない。したがって,静脈注射ではなく筋肉内注射で投与できる薬剤が望ましい。一旦麻酔がかかったら予め留置針を留置しておくと,術中管理とともにその後に静脈内注射を行いたくなった際に便利である。
  3. 皮下脂肪が厚いので,筋肉内投与は頚部などのできるだけ脂肪の少ない部分で行う。
  4. 特有の体型と脂肪が多いことから胸郭の弾力性(胸郭コンプライアンス)が非常に低いので,呼吸抑制の強い薬を使用すると麻酔中に換気が低下し,最悪の場合には呼吸停止に至りかねない。そのため麻酔中とくに背臥位保定時には呼吸に十分注意し,手術台の頭側を高くし,可能であれば人工呼吸器を使用する(麻酔器,呼吸器ともイヌ用のものがそのまま使える)。麻酔覚醒後も継続して監視する必要がある。
  5. ブタの気管内挿管は他の動物よりやや難しい。小型のブタでは人間用の喉頭鏡が使えるが,大型のブタでは喉頭鏡のブレードの先を長くしたものを用いるとよい。
  6. 呼吸抑制が起こりやすいことを考慮すると,麻酔薬としては拮抗薬のあるものが望ましく, その点では麻薬が優れている。しかし,多くの所では使用できないため,麻薬の指定を受けない薬を選ぶ必要があり,メデトミジンとアチパメゾールの組み合わせが評価されている所以でもある。
  7. ブタは体重に対して体表面積が小さいことから発熱しやすく,また遺伝的に悪性高熱を発するものがあることから(ヒトの疾患モデルとして使用されている),麻酔中はとくに体温を監視する必要がある。

6・2 ブタの鎮静法

  1. 術前管理としては動物の状態を評価するとともに絶食,絶水も必要である。絶食は成豚で8〜12時間,子ブタ(8週間まで)で1〜2時間。絶水は成豚で4〜6時間,子ブタ(8週間まで)で1〜2時間である。
  2. 気管チューブのサイズの目安(内径)は新生ブタで3〜4mm,10〜15kgで4〜6mm,20〜50kgで6〜9mmである。
  3. 筋肉内注射によるブタの鎮静法の例には次のようなものがある。

    1. アザペロン(商品名:ストレスニル)1〜4mg/kg あるいはドロペリドール(商品名:ドロレプタン)0.1〜0.4mg/kgの筋注
      アザペロンはブタ用に開発された鎮静薬であるが,以上のトランキライザーでは,いずれも聴覚,触覚,痛覚などの感覚刺激による覚醒反応が十分には抑制されないので,刺激で簡単に起きてしまう。
    2. キシラジン(2mg/kg)とブトルファノール(0.2mg/kg)の併用またはメデトミジン(40μg/kg)とミダゾラム(0.2mg/kg)の併用
      これらの鎮静法とくに後者では,催眠状態,不動化状態,周囲環境に対する関心低下が顕著であり,聴覚,触覚,痛覚などの感覚刺激による覚醒反応も著しく抑制される。また,この組み合わせでは,メデトミジンに対する拮抗薬であるアチパメゾールを投与すると短時間で覚醒する。

6・3ブタの全身麻酔法

 以下に具体例をあげるが,1)〜3)は全て筋肉内注射によるものであり,アチパメゾールにより短時間で覚醒させることができる。
  1. キシラジン(2mg/kg)あるいはメデトミジン(80μg/kg)投与15〜20分後にケタミン(10〜20mg/kg)を投与することにより化学的不動化が可能となる。
  2. キシラジン(2mg/kg)あるいはメデトミジン(80μg/kg)とブトルファノール0.2mg/kg)投与15〜20分後にケタミン(10〜20mg/kg)を投与することにより短時間の小手術が可能な全身麻酔が得られる。
  3. メデトミジン(40μg/kg)とミダゾラム(0.2mg/kg)投与15〜20分後にケタミン(10〜20 mg/kg)を投与することにより短時間の小手術が可能な全身痲酔が得られる。
  4. GGE(50mg/ml),キシラジン(1mg/ml),ケタミン(2mg/ml)の混合液を調整して静脈内へ投与すると,長時間にわたるかなりよい全身麻酔が得られる。この薬は海外では製品として入手できるが,わが国では市販されていないため,Guiachol Glycerin Ether(筋弛緩薬)を試薬として購入し,5%ブドウ糖液で調整することとなる。 導入(0.5〜1.0ml/kg)および維持に使用できるが,維持の場合には2.0ml/kg/hrで点滴する。我々はこの薬をウマやウシではしばしば用いてはいるものの,ブタでは使用した経験がないが,最近海外で多く用いられている方法である。
  5. 吸入麻酔
    鎮静後または最初からマスクを用いて吸入麻酔薬(ハロタン,イソフルラン,セボフルラン)で麻酔を導入し,気管内挿管後同じく吸入麻酔で維持する。この方法を用いれば麻酔の深度と長さを自由に調節できるので,長時間にわたるものも含めて殆ど全ての手術を安全・確実に実施することができる。ブタの1MACはハロタンで1.25%,イソフルランで1.47%であり,麻酔の維持にはその1.3〜1.5倍の濃度を使うのが一般的である。
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7. ヒツジおよびヤギの麻酔

 冒頭において,医学領域の動物実験に獣医臨床の麻酔術を利用することをお薦めしたが,ヒツジ,ヤギに関しては,余り強く主張できない。日本ではウシの手術例は少なくないが,ヒツジやヤギは数が少ないうえ,手術の必要に迫られることが少ないためでもあろう。他方、ヒツジやヤギの飼育が盛んな国でも,価格が安いこともあって完全な麻酔管理下で手術をすることは少ない。したがって,獣医技術としてはヒツジとヤギの麻酔にはあまり目覚ましい進歩はない。しかし,同じ反芻獣であるウシに関しては,反芻動物の特性を考慮しての麻酔管理術が相当程度確立しているので,その成果を応用しながら実験用のヒツジ,ヤギの麻酔方法を検討していくのがよいのではと考えている。私自身もウシが使えないためにヤギやヒツジを使っての実験手術をしたことのほうが臨床例よりはずっと多いので,不十分とは思うがその経験をも含めて若干のコメントを試みることとする。

7・1 鎮静および全身麻酔に伴って発現する問題点

  1. 胃内容の逆流:ヒツジやヤギはウシと同様に胃が4つあり,第1胃が腹腔の大部分を占めている。その中には胃内容が充満しており,常に反芻を繰り返していることからも分かるように,胃内容を吐出しやすいようになっている。そのため全身麻酔をかけると胃内容物が簡単に逆流するので,そのままにしておけば逆流したものを気管内に吸い込み,死に至ることも稀ではない。
  2. 鼓腸症:全身麻酔下では胃腸の運動が低下するため,第一胃内にも大量のガスがたまり,誇張症を発することが少なくない。麻酔中に腹部の膨満傾向が認められたならば,重度にならないうちに第一胃内にチューブを挿入して減圧に務めるべきである。
  3. 酸素不足:第一胃内にガスが充満すると横隔膜を圧迫して換気を傷害するので,酸素欠乏を生じやすい。
  4. 循環系への影響:第一胃が大きく重いため,仰臥位にすると後大静脈が圧迫され,心臓への血液の環流が阻害される。そのため長時間仰臥位で保定する場合には,手術に先立って胃の内容を軽くしておく必要がある。健康な場合にはある程度耐えるが,弱っている動物ではその影響を無視できないため,循環器系の監視が重要である。
  5. このように反芻動物では,全身麻酔に伴う上記のリスクを防ぐには麻酔管理にある程度習熟した人間が必要なところから,かなりの手術が鎮静下の局所麻酔で行われることが多い。ウシでは腹部を切開する手術も多いが,その場合でもウシを立たせたまま局所麻酔で多くの開腹手術が実施されている。ヒツジやヤギでも余り細かい操作を必要とする手術でなければ,鎮静下で胃内容を気管内に吸入しないようにして,局所麻酔で実施できる。

7・2麻酔前投薬および鎮静法

  以下にヒツジとヤギの鎮静法の例を示すが,これらはいずれも筋肉内投与できるものを中心に選んだものである。
  1. キシラジン:1mg/kg により高度の鎮静と鎮痛が得られる(30〜35分)。ケタミン4mg/kg と併用すると,軽度ないし中等度の手術麻酔期が得られる。
  2. ジアゼパム:2mg/kg (1mg/kg i.v.)は,ヒツジでは特に有効なトランキライザーである。ケタミン4mg/kg と併用すると,軽度ないし中等度の手術麻酔期が得られる。
  3. ヒツジでのアトロピンの効果には疑問がある。硫酸アトロピンで流涎を止めるには大量投与の必要がある(0.5mg/kg の後0.2〜0.3mg/kg を反復投与)。しかし,大量のアトロピンで副交感神経がブロックされると種々の問題が生じるため,通常はあまり使用しない。流涎を抑えるためにはアトロピン投与よりもむしろ絶食の方がよいとする説もあるが,絶食させても第1胃にある大量の胃内容が減るわけではないので絶食は不要とする説もある。

7・3注射による全身麻酔法

  1. キシラジンとケタミンあるいはジアゼパムとケタミンの組み合わせ(前述)により軽度から中等度の手術麻酔期が得られるが,後者の方が呼吸・循環器系の抑制が軽度である。
  2. チオペンタール(10〜15mg/kg i.v.)およびペントバルビタール(30mg/kg i.v.)により,それぞれ5〜10分および15〜30分の手術麻酔期が得られるが,個体差が大きい上に呼吸抑制が強く,呼吸停止が生じやすい。したがって,この方法で行う場合には呼吸停止を前提として,人工呼吸を確実に行える準備をしておく必要がある。

7・4吸入麻酔による全身麻酔と留意事項

 確実かつ安全な全身麻酔下あるいは長時間にわたって細かい手術操作を行いたい場合に望ましい麻酔は,やはり吸入麻酔であろう。勿論この場合には吸入麻酔装置とともに,前項で述べたようなトラブルに対する対処法や吸入麻酔操作に習熟した人間が必要であることはいうまでもない。
  1. 吸入麻酔薬としてはハロタン,エンフルラン,イソフルランのいずれも使用できるが,注射麻酔と同様に横になっている場合は麻酔がかかると直ぐに胃内容が逆流してくる。逆流した胃内容を誤嚥する事故が稀ではないので,全身麻酔をかけたら直ちに気管内チューブを挿管することが重要である。また,麻酔から覚めるときにも同様の事故が生じやすいので,覚醒時にも完全に食道等の反射が戻るまでは,できるだけ長く気管内チューブを入れたままにしておくのが賢明である。
  2. 麻酔中は胃の中の発酵が盛んになるため,できれば胃の中にも管を挿入して鼓張症の予防に努めるのがよい。
  3. 体位はできるだけ横臥位を選び,少なくとも長時間の仰臥位は避けたいものである。
  4. 手術終了後の回復時には伏臥位にさせ,鼓張症の徴候に気をつける。
  5. 術前12〜24時間(1カ月令以下では2〜4時間)の絶食(絶水は不要)を奨める向きもあるが,不要論もある。

8. おわりに

 限られた時間の中で,イヌ,ブタ,ヤギ,ヒツジなど各種の動物の麻酔について,具体的内容を体系的にお話しすることは,基本的には難しい。したがって本講演では,演者の専門である獣医麻酔において得られている数多くの成果を中心に,主として医学系の動物実験施設で多用されている麻酔を,より安全・確実にするためにお役に立ちそうなことに絞ってお話をした。それでも,カバーする範囲が広すぎたことも手伝ってやや散漫な感も免れないであろうが,動物の苦痛をできるだけ軽減しながらより信頼できる実験成績を得るうえで少 しでもお役に立つことを願いながら,この講演を終わらせて頂きたい。
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