これは第7回東北動物実験研究会(1996年9月6日開催,実験動物技術者協会奥羽・東北支部合同勉強会を兼ねる)での竹内 啓先生の講演をまとめたものです。掲載にあたり竹内先生の校正および許可を得ております。Netscape Navigatorで見ることを想定しておりますので,一部ブラウザでは正しく表示できないかもしれません。ご承知おきください.
文責:松田幸久(秋田大学医学部附属動物実験施設)

実験大動物(イヌ・ブタ・ヒツジ・ヤギ)における麻酔の基本と実際

竹内 啓
岩手大学農学部附属家畜病院教授
東京大学農学部獣医学科名誉教授
    次


1.はじめに
2.最近の獣医学領域における麻酔の概況
3.バルビツレイトによるイヌの全身麻酔をめぐる問題点
3・1安全な全身麻酔薬としての認識の変遷
3・2有効血中濃度の調節と予測の難しさ
4.イヌおよびネコの塩酸ケタミン麻酔をめぐって
4・1全身麻酔薬としての特徴
4・2塩酸ケタミンの全身麻酔薬としての問題点と対策
4・3ケタミンの使い方
5.イヌおよびネコにおける全身麻酔と鎮静法
5・1動物の術前評価
5・2麻酔前投薬
5・3強い痛みを伴わない処置のための鎮静薬の組み合わせ
5・4好ましくない自律神経反射の抑制
5・5鎮静薬の組み合わせによる全身麻酔法
5・6麻酔の導入
5・7吸入麻酔による全身麻酔の維持
6.ブタの全身麻酔
6・1ブタの鎮静と麻酔に関する問題点と留意事項
6・2ブタの鎮静法
6・3ブタの全身麻酔法
7.ヒツジおよびヤギの麻酔
7・1鎮静および全身麻酔に伴って発現する問題点
7・2麻酔前投薬および鎮静法
7・3注射による全身麻酔法
7・4吸入麻酔による全身麻酔と留意事項
8.おわりに

1. はじめに

  日本の獣医学教育体系の中ではまだ麻酔学講座が独立しておらず,40〜50年前の人間の外科がそうであったように麻酔は外科が担当している。だからといって麻酔が軽んじられているわけではない。動物実験においては麻酔事故が起きたとしても研究当事者は困ることはあっても特に大きな社会問題にまで発展することは少なかったと思うが,獣医診療の領域では麻酔事故は訴訟事故に最もつながりやすいものの一つである。この意味あいも含めて獣医学において麻酔は古くから大変重要な部分であり,「手術台の上では絶対に動物は死なせない」というのが平素からの我々獣医師の基本的姿勢である。
 獣医師の対象とする動物は本来は患者であるものの,他方同じ種類の動物が実験に使われる場合も少なくないが,実験動物の場合でも上記の姿勢にほとんど変わりはない。諸外国でも動物の麻酔に対する関心は非常に高く,米国では医学においてAmerican College of Surgeons等の専門家協会の制度があるように,獣医学の分野にもdiplomaの制度があるが,最初にできた獣医学の専門家協会は麻酔学であった。日本でも数十年も前から獣医麻酔研究会(現,獣医麻酔外科学会)が活発な活動を展開して現在1,500人ほどの会員を擁して おり,国際的にも獣医麻酔学シンポジウムが定期的に開かれている。
 このような背景もあって獣医臨床にあっては,動物の種類に特有な解剖・生理あるいは行動・管理上などの特徴を考慮しつつ医学分野の麻酔薬や麻酔機材の進歩をも十分取り入れた麻酔法や麻酔管理技術が広く普及しているが,残念ながら実験動物の分野においては,殆ど同じ種類の動物を使うことが多いのにも関わらずその成果が十分応用されているとは言い難い。しかし,かといって獣医臨床に用いていると同レベルの麻酔技術を実験動物で実施することが絶対必要かというと,必ずしもそうとは言えない一面があることも事実である。動物実験の目的,実施する現場の施設・設備,スタッフの経験・技術等,いろいろな制約の中で動物実験を行わざるを得ない以上,やむを得ないことであろう。だからといって,実験動物に対する麻酔を軽く考えてよいと言っているのではない。多くの実験者が比較的簡単かつ安全・確実に使用できる麻酔法の開発は是非必要であるが,その際には,評価に絶える実験データーを得るのに適した麻酔法であると同時に,近年とみに社会的関心を集めている動物福祉にも十分配慮してできる限り動物の苦痛を排除する努力が求められている。幸いなことに獣医臨床麻酔でこれまでに研究・開発された成果の中には,実験動物で要求される上記の 諸条件を満たした麻酔を実施するうえで有用なものが少なくないと考えられる。
  以上から本講演では,必要以上に理想像にこだわらず,従来から比較的多用されている主要麻酔法の適用と限界,そしてそれらを改善して安全性や利便性をたかめ,適用の拡大を計るための具体的方法を考える上でご参考になりそうな事項を選んで解説する。なお具体的な麻酔管理技術は施設により必ずしも一定ではないが,ここに紹介するのは筆者の在職時代をも含めて東京大学農学部獣医学科獣医外科学教室において主として循環器系,呼吸器系への影響に関する検討から他よりも好ましいと判明している薬剤を中心とし,さらに学生実習 に使用している麻酔管理の手順を参考にしながら説明する。ただし時間的制約の関係から,主としてイヌおよびネコについて説明し,ブタとヒツジ・ヤギについては,その解剖学的ならびに生理学的特徴からとくに留意すべき点に絞って述べることとする。

2. 最近の獣医学領域における麻酔の概況

 通常の獣医領域とくにイヌおよびネコの手術と麻酔は,臨床例と実験のいずれを問わず人間の手術室に近い状況で行われることが多い。スタッフや施設・設備の整っているところでは,術者や助手の他に麻酔係をおき,人間で一般に行われているように体温,呼吸,心電図は勿論のこと血圧,呼気中のCO2濃度あるいは酸素飽和度などをもモニターしながら行うことが一般化しつつある。麻酔中は勿論その前後の全身状態が麻酔係により記録されているので,これにより手術中の動物の状態を把握して生体内変化を最小限に留めるよう逐次対処できると共に,動物実験にあっては後のデーターに与えた麻酔・手術侵襲の影響の可能性を逆行的に探求することもできる。このような麻酔管理は,リスクの高い状況下での手術あるいは実験であればあるほど重要となり,治療あるいは実験の成否の鍵を握っているといっても過言ではあるまい。
 一般に全身麻酔には,睡眠作用,鎮痛作用そして筋弛緩作用の三つの要素が必要とされている。この観点からすると,市販名ネンブタールの名前で長い間実験動物の麻酔薬として広く使われていたペントバルビタールナトリウムは,基本的には鎮痛作用と筋弛緩作用を持っていないため睡眠作用を利用して深々と眠らせ,無痛や筋弛緩の状態を得ているだけである。したがって中枢とくに呼吸中枢の抑制が著しく強くなるため,循環・呼吸機能に予備力が少なかったり麻酔が長時間に及ぶ場合には,危険な状態に陥る可能性が比較的高い。以 上から,ペントバルビタールナトリウムを少なくとも単独で全身麻酔薬として使用することは好ましくなく,今日の獣医臨床ではその様な麻酔は殆ど行われていない。
 現在の獣医臨床界では,イヌおよびネコの全身麻酔としては調節性に富んだ吸入麻酔が広く普及しているが,注射麻酔を用いる場合でも,睡眠作用,鎮痛作用,筋弛緩作用の3要素を備えた薬を使うメリットが認識されている。残念ながら現在のところ単品でこの3要素を十分に備えたものはないので,各要素を持った薬を組み合わせて3つの作用をバランス良く備えたバランス麻酔が安全かつ望ましい麻酔として高く評価されている。このバランス麻酔の考えは,最近では吸入麻酔を使う際の麻酔前投薬の方法にも取り入れられている。

3. バルビツレイトによるイヌの全身麻酔をめぐる問題点
3・1安全な全身麻酔薬としての認識の変遷

 バルビツレイ系麻酔薬としては幾つかの化合物が用いられているが,代表的なものはチオペンタールナトリウムとペントバルビタールナトリウムである。いずれも主として静脈内注射により,簡単に全身麻酔状態を得ることができるのが特徴である。このうち10〜15分程度の手術麻酔期が得られるチオペンタールナトリウム(商品名:ラボナール,チオバールなど)は,主として吸入麻酔の導入や10分前後の短時間処置に適しており,ヒトやイヌ,ネコの臨床麻酔では今日でも依然として広く用いられている。
   一方ペントバルビタールナトリウム(商品名:ネンブタール,ソムノペンチルなど)は数十年前には臨床獣医界にあってもイヌやネコの中心的全身麻酔薬であったが,そのLD50が約50mg/kgであるのに対して投与量が若いイヌで30mg/kg,成犬で25mg/kgであり,両者が非常に近いことから安全な薬剤とはいえず,前項でも説明した理由も加わって,今日では安楽死用薬剤としての評価は別として,種々の病的状態下の臨床麻酔薬として用いられることは著しく少なくなった。
 しかしまったく使えないわけではなく,一般に健康な実験動物においては,次項で述べる呼吸抑制その他の問題点に留意するとか,あるいは他の薬剤と併用して用量を少なくする(5・5参照)などの工夫により,比較的安全かつ簡便に使用することは可能である。ただし,全身状態や重要臓器機能の低下した状態での手術,手術侵襲が大きな場合,さらには反復して麻酔処置を必要とするような実験の場合には,やはり安全な他の麻酔法が使えるの であれば,その使用を避ける方が賢明であろう。

3・2 有効血中濃度の調節と予測の難しさ

  多くの注射麻酔薬共通の弱点は,麻酔の覚醒が投与された麻酔薬の肝臓や腎臓での分解・排泄に左右される点であり,これらの機能が低下している場合には予測通りの麻酔深度や覚醒が得にくい点であるが,ペントバルビタールにはもう一つの問題がある。注射されたペントバルビタールナトリウムはその一部が血液の中でペントバルビタールとNaに解離するとともに,タンパクと結合するが,脳血液関門を通過して脳に行き麻酔作用を表す有効血中濃度は,タンパクと結合していないペントバルビタールナトリウム分画の濃度である。それぞれの割合は血液のpHやタンパク濃度で決定されるので,通常の麻酔量は正常なpHやタンパク値を前提にして脳に達する分画量が適度の麻酔を生じることを予測して決定されている。しかしながら血液のpHやタンパク濃度が低下すると,脳に移行するタンパクと結合していないペントバルビタールナトリウムの分画の割合が増加する方向に上記の反応が進む。したがって,循環・呼吸・代謝の異常や貧血などによるアシドーシスあるいは低栄養や代謝異常による低タンパク症がある場合には,同じ量のペントバルビタールを投与しても過量の薬剤が脳に移行し,予測以上に麻酔が深くなったり,覚醒が遅延する可能性があるが,その程度を量的に予測する事は極めて困難である。
 以上からペントバルビタールを使う場合には,基本的には気道を確保するために必ず気管内チューブを挿入するとともに,必要に応じて酸素吸入を行ったり,あるいは呼吸抑制が強ければ補助呼吸または調節呼吸を行って呼吸性アシドーシスを防止する必要がある。あるいはこのような状態のあることが術前から分かっていて実験上差し支えないのであれば,臨床例と同じように予めそれらを是正してから手術を行うのが望ましいが,いずれにせよこのような場合には,できることならば他の麻酔法を使用する方が賢明であろう。

4. イヌおよびネコの塩酸ケタミン麻酔をめぐって
4・1 全身麻酔薬としての特徴

 ケタミン(商品名:ケタラール)の全身麻酔作用はバルビツレイトとは異なっており,中枢神経を一様に抑制するのではない。脳の視床-新皮質系および皮質下領域には抑制的に作用するが,辺縁系と網様体系を活性化し,両者の間に機能的解離を生むことから解離性(選択的)麻酔薬と呼ばれる。したがって,通常10〜30mg/kgの静注で強力な鎮痛効果とともに全身麻酔様の状態が得られるが,筋肉は弛緩せず,軽嗜眠下でカタレプシーといわれる硬直状態になる。そのため意識の完全な消失が得られない特異な不動化状態になる。咽喉反射は残ってはいるが気管内挿管が可能であるため,全身麻酔の導入薬としては勿論,種々の外科的処置を行うための麻酔薬として,実験動物および臨床例の双方で広く用いられている。その理由の一つは,静注時のLD50が125mg/kgと安全域が広いことにもあるが,さらにこの薬では,他の多くの麻酔薬と異なり心拍数および血圧を上昇させる傾向があり,術中の不整脈もほとんどなく,最低血圧が維持されるなど,全般的には循環器系に対する抑制が少ないためである。ケタミンはこのように非常に使いやすく,さらに循環器系をかなり正常に近い状態で維持する傾向があることから高く評価されている麻酔薬ではあるが,動物で適切に使うに当たっては留意すべき幾つかの問題点がある。

4・2 塩酸ケタミンの全身麻酔薬としての問題点と対策

  1. 著明な流延をともなうため,一般的には前投薬として硫酸アトロピンを使用する。
  2. すでに述べたように全身麻酔では筋肉が十分に弛緩することが望ましいが,ケタミンの最大の欠点は筋弛緩がほとんどないか,あるいは軽度にしか得られない点であり,麻酔下でも筋肉の緊張と活発な腱反射が認められる。したがって,塩酸ケタミンを単独で使用できる霊長類は別として,イヌあるいはその他の大部分の動物では筋弛緩性のトランキライザーあるいは鎮静剤などと組み合わせて使うのが一般的であり(4・3参照),わが国で添付されている説明書にもこの事が明記されている筈である。ちなみに米国では,塩酸ケタミンの適応対象にイヌは入っていない。
  3. 鎮痛作用はかなりあるが内臓痛は完全には消えないため,塩酸ケタミン単独の麻酔は内臓の手術には好ましくない。
  4. この薬の投与後に強直性痙攣が起こることがある。イヌでは投薬後数分でみられることが多く,舌を口の中に巻き込んでいる場合が多い。直ちに口を開き,舌を引き出してやれば,ほとんどの場合間もなく正常に戻るが,繰り返し痙攣がみられるような場合には,ジアゼパム0.5〜1.0mg/kgの静注等で対処する。
  5. 循環系が比較的よく維持されることがこの麻酔の長所であるが,同時に脳圧も亢進する傾向がある。したがって,脳圧亢進が予測される実験では,ケタミンの使用を控えることが望ましい。
  6. ケタミン麻酔では,覚醒時に興奮症状や遊泳運動がみられ,安静に保ちにくいうえ見苦しい場合が少なくない。この現象も,トランキライザーなどの筋弛緩作用のある薬剤と組み合わせて投与することにより相当程度緩和できる(4・3参照)。
  7. この薬を使うと中枢性の呼吸抑制が生ずるので,原則として気管内チューブを挿管して気道を確保し,必要に応じて換気を促進することが望ましい。
  8. 妊娠時に使用すると100%胎盤を通過するので,新生児の10%に呼吸等の中枢抑制がみられるといわれている。しかし,イヌの妊娠後期1/3に連用しても問題がないとの報告もある。このように胎児への影響については見解が一定していないが,胎児を用いた実験にケタミンを使用することは要注意のようである。
  9. 主として肝・腎で分解・排泄されるため,酵素系の未発達な幼若動物や重度の肝・腎障害を起こしている動物では,その使用を見合わせるほうが安全である。
 

4・3 ケタミンの使い方

  1. イヌおよびネコなど,霊長類を除く多くの動物では,ケタミンは単独では使用せず,トランキライザーあるいは鎮静薬と組み合わせて使用するのが一般的である。ケタミンの好ましくない作用の多くは投与量が大きい場合に顕著になる傾向があるため,他剤との組み合わせによりケタミンの投与量が減少することも,良好な麻酔が得られる一因である。
  2. 組み合わせて使用する薬剤としては,米国ではアセプロマジンが多用されるが,わが国では市販されていないので,ジアゼパム1〜2mg/kg,プロピオニルプロマジン0.5mg/kg,ドロペリドール0.5mg/kg等がある。しかし,わが国の獣医界で最も一般的にケタミンと組み合わせて使われたのはキシラジン(商品名:セラクタール,日本バイエル社)1〜2mg/kgであろう。キシラジンはα2交感神経受容体作動薬であり,ヒトで使用されている鎮静剤とは少し異なり鎮静作用が著しく強い。ヒトのトランキライザーは少し落ちつく程度で目的を達するが,動物の場合には動かない程度まで鎮静が深くならないと役に立たないことが多いため,ヒトと動物では評価に違いがある。キシラジンはそういった点で動物では非常に注目された薬であるが,最近では同じα2作動薬でありながらキシラジンよりさらに使いやすいメデトミジン(商品名:ドミトール,明治製菓)が注目され,広く用いられている(5・3参照)
    通常は,キシラジン投与10〜15分後にケタミン5〜10mg/kgの静注(または10〜20mg/ kgの筋注)を行うが,衰弱している動物ではケタミンをさらに減量する。α2作動薬全般にいえることだが,キシラジンには心筋収縮力の低下,第U度房室ブロックの出現,心拍数の低下,体温下降などをはじめとして好ましくない点も少なくない。したがって,循環障害が著明な動物にはキシラジンの使用は避けた方がよい。しかし,イヌおよびネコにおいては強い鎮静作用と筋弛緩作用ならびに鎮痛作用があるため非常に使いやすく,アセプロマジンの入手できないわが国にあっては極めて有用な薬剤である
  3. ケタミンの長所の一つは,比較的長時間の麻酔が可能なことである。投与量に比べてLD50が大きい点から,随時追加投与して麻酔時間を延長することもできるが,一定深度の麻酔を長時間必要とすることが予め分かっている場合には,微量持続点滴注射法を用いることもできる。通常用いられるのは,5%ブドウ糖液にケタミンを0.1%または0.2%になるように調整した溶液である。硫酸アトロピンと鎮静薬の投与15〜30分後に,上記溶液を急速に点滴注入し,気管内チューブを挿管した後,麻酔の深さをみながら注入速度を加減する。動物の状態により注入速度は一定ではないが,0.1〜0.3mg/kg/minの速度で維持できる場合が多い。しかし,この方法は長い間じっとしていて欲しいとか,多少の侵襲に耐えてくれればよいといった手術には使えるが,完全な手術麻酔期を得るという点では疑問がある。

5. イヌおよびネコにおける全身麻酔と鎮静法

  実験動物の中でもイヌやネコの麻酔については,とくに以下の特徴に配慮する必要があ ろう。
  1. イヌやネコは今やペットとは言わずにコンパニオンアニマルつまり“人間の仲間としての動物”となっている。したがって,実験動物であっても同じ種類の動物であることから,同じ程度の麻酔をしてもらいたいとの要望が社会に少なくない。
  2. 遺伝的,微生物学的にコントロールされたイヌが使用される傾向が多くなると,長期間にわたり反復してデータを取りたい,あるいは処置をしたいという実験も増えてくる。その場合に生理的な影響が少ない麻酔薬を使い,循環器や呼吸器等の生体機能への影響が少ない麻酔管理が要求されてくる。
  3. コントロールされた動物を用いた実験には様々なものが考えられ,なかには種々の処置で病的な疾患モデルを作成してから手術を行うことも少なくないが,その場合の麻酔管理には健康な動物とは異なった配慮が重要である。イヌおよびネコの全身麻酔としては獣医臨床では吸入麻酔が広く使われているが,ここでは現在日本の多くの動物実験施設で一般的な注射麻酔を適切に使用する上での留意点について述べることとする。全身麻酔を適切に実施するためには,必要に応じて以下の一連の操作または過程を円滑に進めることが重要であるので,本項ではその内の主なものについて説明する;1) 動物の術前評価, 2) トレイ,麻酔器,モニター等の準備,3)麻酔前投与薬(麻酔をスムーズに導くために必要),4)留置針,5)酸素吸入,6)麻酔導入,7)硬膜外鎮痛,8)麻酔維持,モニター,9)覚醒である。これらのうち主なものを以下に述べる。

5・1動物の術前評価

 医学実験の場合には健康な動物が多く用いられるが,場合によっては実験的処置をした後で手術をするといったことも考えられる。そのような場合には獣医臨床で使用している下記の「動物手術危険度の評価」を参考として麻酔の危険度を予測し,対策を検討するのも一案であろう。