[特別講演 1]
ヒト感染症モデルとしてのスナネズミ
佐藤 宏 先生

(弘前大学医学部寄生虫学講座)

 スナネズミ(Meriones unguiculatus)の実験動物としての確立には我か国の研究者が深く関わったが、研究モデルとしての利用は海外で大きく進展した。Lvine&Payan(1966)によるウイリス環の不完全結合を利用した脳梗塞/脳虚血モデル、Ash&Riley(1970)による人フイラリア症モデルとしての有用性が特記されよう。さらに最近、Helicobacter Pylori感染による胃潰瘍/胃癌の実験的再現、腸管線虫感染症慢性化の要因としてのスナネズミ粘膜肥満細胞の特性の解明、あるいは北海道の風土病となったエキノコックス(多包条虫)の終宿主代替動物としての利用など、スナネズミの実験動物としての有用性に新しい可能性が示唆されている.

 ここでは、スナネズミを用いた近年の研究動向およびその生物学的特性について紹介する。ウイルスから寄生虫まで、スナネズミは高い感受性をもつが、感染症モデルの中では特に寄生虫症に言及したい。併せて、私たちの教室で行っている、スナネズミを対象とした特異抗体作製について進行状況を紹介する.

  1. 生物学的特性と研究モデルとしての利用

    1. ウイリス環の不完全結合と脳梗塞/脳虚血モデル
    2. てんかん発作
    3. 蝸牛核の「海綿状変性」と外耳の真珠腫
    4. 聴覚路の生理・病態生理
    5. 腹臭腺と動物行動学における利用
    6. 渇水低抗性
    7. 食餌性高脂血症や白内障、肝代謝と毒性学における利用
    8. 高い放射線抵抗性
    9. ウイルス感染症モデル
        カリフオルニア脳炎
    10. 細菌感染症モデル
        Helicobacter Pylori感染による胃潰瘍/胃癌の実験的再現
        ライム病
        中耳炎
    11. 寄生虫症モデル
        線虫症:フイラリア症、糞線虫症、フイリピン毛細虫症
        吸虫症:住血吸虫症
        条虫症:エキノコツクス症、テニア科条虫症
        原虫症:赤痢アメーバ症、バベシア症、トリパノソーマ症

  2. 感染防御に関わる免疫学的特性

     感染症モデルとして大きな有用性があるスナネズミではあるが、その感染防御に関わる免疫学的特性はあまり解明されていない。腸管線虫感染症における選択的排虫現象をもとに、スナネズミにおける腸粘膜肥満細胞の「欠損」が明らかにされた。マクロファージ貧食能の低さや古典的補体活性化経路の機能不全が示唆されている。また、相対的にNK細胞数が多いことから、l細胞あたりの細胞傷害性は低いといわれている。

  3. 抗スナネズミ白血球モノクローナル抗体

     感染症モデルとしての今後の利用を考える上で、スナネズミを対象とした特異抗体の欠如が大きな障碍となる。そこで、私たちの教室では、独自に特異的なモノクローナル抗体を作製し、その拡充を図っている。次に示す特異性をもつ抗体を現在までに確認し、スナネズミ寄生虫症モデルヘの応用を通してその有用性を検討している。

    1. 抗T細胞:病原性トリパノソーマ(T. cruzi)感染および非病原性トリパノソーマ(T. grosi)感染におけるT細胞依存性防御応答の重要性、あるいはT細胞枯汚がマンソン住血吸虫症の感染経過に与える影響を検討した。
    2. 抗MHC class U陽性細胞:マンソン住血吸虫に対して、他種の実験動物では弱毒化幼虫の経皮感染で再感染抵抗性が誘導されるが、一方、スナネズミでは誘導できない。その要因として、感染に伴う皮膚ランゲルハンス細胞の動態を観察した。
    3. 抗巨核球および血小板:トリパノソーマ感染に伴って顕著な血小板増生がみられる。抗血小板抗体の投与がトリパノソーマの感染経過に与える影響を検討した。

  4. おわりに

     スナネズミを研究モデルとした研究分野としては、脳梗塞/脳虚血、聴覚関連、感染症が大きな比重を占めている。ヒト感染症を合めた広い範囲の感染症モデルとして有用性をもつスナネズミであるが、現在のところ、特異抗体の欠如からその利用は宿主応答の解析に至っていない。人自体あるいは人への感染源となる動物に代わる、唯一の実験動物モデルとして、貴重な医学的情報を提供できる可能性をもっている。今後、感染実験モデルとしての有用性を発展させるためには、その宿主応答の特性について更に検討していく必要がある。

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