[特別講演 3]
疾患モデル動物と外挿
笠井 憲雪 先生     

(東北大学医学部附属動物実験施設)

 動物実験の大きな目的は、得られたデータをヒトヘ当てはめることである。これを外挿と言うが、従来、外挿の研究というと比較形態、比較解剖、比較生理、比較代謝などヒトや実験哺乳動物間の正常な形質の比較が主であった。特に比較代謝では薬物動態の研究が動物を用いてなされ、薬物の効果と副作用について一定の方程式で外挿ができるようになっている。

 一方、疾患モデル動物の研究は、ヒト疾患の病因や病状の進展の研究に大きく貢献してきた。疾患モデル動物は実験的発症モデル動物、自然発症モデル動物および発生工学及ぴ遺伝子工学によるモデル動物に分類されるが、後の2者では病態・病理の研究に加え病因となる遺伝子異常の解明がなされ、その異常遺伝子の機能の解明がなされてきている。しかし、異常遺伝子の同定がなされただけでは、疾患の解明か終わったわけではない。ヒトの遺伝性疾患を単因子性疾患と多因子性疾患に分けると、糖尿病や高血圧などの多因子性疾患の病態は遺伝子要因のみならず環境要因が大きく関わっていることが知られているが、単因子性疾患も一つの異常遺伝子が一つの病態を決めているのではなく、その遺伝子の異常程度により病態の程度も変化していることが明らかになってきた。

 一般に変異遺伝子がその表現型の変化として病態を示すとき、本来の遺伝子の機能の喪失による場合と、新たな機能の獲得による場合が考えられている。さらに発現量の程度にも影響されている。これらは遺伝子変異の配列部位やその機構により決められていると考えられるが、現在でも遺伝子異常と病態の関係を明確に説明することは困難である。疾患モデル動物の遺伝性疾患も上記の観点から病因や病態の解明が進められており、それらをヒトのデータと比較することが、疾患モデル動物の研究の重要な点である。

 さらに、ある遺伝子では動物種によりその発現の程度や遺伝子機能の重要性(役割)が異なり、このため同一遺伝子の変異によっても病態の様相にヒトと動物間に違いがある場合があることがわかった。つまり動物種差である。

 以上のことから、疾患モデル動物の研究成果を効果的にヒトヘ外挿することを考えるとき、まず、遺伝子の異常配列部位の相違、変異遺伝子の機能変化の相違、病態の相違の解明に加え、遺伝子機能の動物種差などを解明する必要がある。個々のモデル動物についてこれら全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、次にこれらの一つ一つの知見をデータベース化し、研究者に提供できるようになれぱ、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。
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