[特別講演 2]
SCIDマウスとヒト疾患モデル
伊藤 守 先生     

(実験動物中央研究所・免疫研究室)

 実験動物は生物学分野の様々な研究に使われている。医学の分野においては、実験動物はヒト疾患のモデルとして、その発症機序の解明、予防や治療法の開発に重要な役割を担っている.ヒト疾患モデルとしての使われ方は、ヒト疾患に類似の症状を呈する動物を解析することでヒトの疾患原因にせまろうとするものから、ヒトの特定された病因遺伝子を破壊した動物を用いるものなど様々である.その中には、ヒトの疾病を動物の中で人為的に再現するために、直接ヒトの細胞や組織を動物に移植してヒト化した動物を作製しようという試みも合まれるが、これは実験動物に必ずしもヒト疾患の適切な動物モデルが得られないことが理由であろう。現在までに、特定の疾患を対照とせず、比較的広範囲に使われてきた実験動物はもちろん各種近交系動物であるが、免疫不全動物が以外と多い。その理由はヒト疾患がかなりのウエイトで免疫と関連していることや前に述べたヒト化動物一例えぱ、ヒト腫瘍移植ヌードマウスなど一の作製に負うものが多い。
 本講演では、この免疫不全動物のうちで、比較的最近発見された重度複合免疫不全マウスであるSCID(Sevefe Combined ImmunoDeficiency)マウスの基礎と演者らが手掛けたヒト疾患モデルヘの応用に関して触れてみたい。

SCIDマウス

 SCIDマウスはDr.Melvin Bosmaらによって1980年にC.B-17系統マウスで発見された自然発症の突然変異体で、定染色体劣性の遺伝様式をとる。このマウスはT・B細胞がないことから、重度の免疫不全を呈し、したがってその異種細胞、組織の移植に対する拒絶が少なく、ヒトの正常造血細胞ですら移植可能であることが報告されている.最近、この原因遺伝子が遺伝子組み替えによる再構成の段階で断片化したDNAの結合を行うDNA依存性蛋白質リン酸化酵素のサプユニットP350の変異の結果であることが明らかにされた。このSCIDマウスの問題点は、重度の免疫不全であることから正常マウスでは全く問題にならない日和見感染病原体ですら場合によって致死的に働くこと、胸腺腫が高率に起こること、そして加齢によってT・B細胞が生じるIeaky現象と呼ばれるものなどである。それら現象をなくす幾つかの試みか行われている。さらにSCIDマウスといえども当然のことながら全ての異種細胞、組織が生着するわけでもなく、またその効率は報告によって多様である。この生着率の向上の向上のために、NOD-scidマウスの開発や改良が行われている。

疾患モデルヘの応用

 我々が行ってきたSCIDマウスで行った幾つかの疾患モデルヘの応用を含めた研究として、免疫不全であることを利用した感染防御に関する研究、移植ヒト細胞、腫瘍を用いた研究を紹介する.
 まず、前者ではカリニ肺炎の発症機序、皮膚型リーシュマニア症の潰瘍形成機序がある。カリニ肺炎は日和見感染病原体であるPneumocystis cariniiの感染によって引き起こされる間質性肺炎で、AIDS等の免疫不全患者で発症し、このSCIDマウスでも自然発症する。これを利用し、感染防御はCD4+T細胞依存性であること、胎盤感染が存在しないことや各種薬剤の検定に利用可能であることなどを明らかにできた。リーシュマニア症は疾患におけるTh1/Th2平衡説のよいモデルと考えられている。SCIDマウスではT細胞がないことによって皮膚型リーシュマニア(Leishmania amazonensis)感染が成立するが、その特徴である潰瘍形成は認められない。この潰瘍形成は細胞移入実験でCD4+T細胞に依存することを明らかにでき、OVATCR Tg/RAG2 KOマウスヘの感染実験から、潰瘍形成はTCRを介したT細胞の活性化によるものであることが示された。

 後者ではヒトリンパ球移入SCIDマウスでのHIV感染モデル、急性前骨髄性白血病(AML)モデルなどかある.我々はヒトHIV-1感染モデルに適切なマウスを多様な複合免疫不全マウスで検討を行った。マウスによってはヒトリンパ球の生着が良いがHIV-1が感染しないものなど、極めて系統によって多様であることが明らかにされたが、その中で我々が樹立したNOD/Shi-scidはリンパ球の生着に優れているばかりでなく、極めて特異な感染様式を示すことか明らかとなった.すなわち、ヒトに観察されるよりはるかに上回るViremiaを示すこと、脳内での増殖が観察されることである。このNOD-scidでの病態はNODマウスの形質である補体活性の減退、マクロファージの減退やNK活性の低下に密接に関違していると思われる。このモデルは抗AIDS薬の検定にも用いることが可能であることをAZT投与実験で明らかにされた。AMLモデルは、我々が作製したヒトGM-CSF Tgマウスにscid遺伝子を導入したGM-CSF Tg-SCIDマウスで成立する。すなわち、従来生着が悪いかもしくは増殖の弱いGM-CSF受容体を発現するAML細胞株をこのマウスに移植することによって、100%の生着が得られるばかりか、腹腔内投与によって腹腔内で遊離型で増殖しかつ他臓器への侵入も認められる。このモデルを用いて、AS203やdelta-aminolevulinic acid(d-ALAもin vivoでは必ずしも分化誘導剤として働かず、むしろ増殖促進剤として働くなど、典味深い知見を得ている。

 今後、上記のようにSCIDマウス自体でモデルを構築するよりも、その標的とするヒト疾患に応じて、自然発症また遺伝子改変によって作製される各種の変異体との組み合わせを行うことによって、さらにモデルとしての有用性を拡げることが可能になると思われる.
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