マウスの嗅覚情報を支配する主要組織適合遺伝子複合体(MHC)

山崎邦郎       
ペンシルバニア大学・モネル科学感覚研究所


 個体を特徴づけている匂いは,その摂取する食物や健康状態によって影響されるばかりでなく,遺伝子による支配もうける.主要組織適合性複合体( Majar histocompatibility complex : MHC )の遺伝子群が,マウスでは1匹1匹お互い同士を識別するのに役立っている個体特有な匂いのシグナル,匂い型を賦与していることが見出された.このMHC遺伝子群の重要性は,その遺伝的な多様性と,おそらく,すべての脊椎動物に同様な遺伝子群が存在しているという事実から明らかである.
 MHCの働きは組織移植で最もよく知られ,この領域の相違は,他のいかなる遺伝的な相違よりも強い同種移植拒絶反応を生じる.そして,この遺伝子群は,化学物質に対する免疫反応にも関与し,化学感覚の認識を含めた広範囲な生物学的な現象にあずかっていることが明らかになり,細胞レベルや分子レベルで多くの分析がなされている.マウスでは少なくとも50以上の遺伝子からなる,この MHC 遺伝子群は H-2 と呼ばれ,マウスの交配嗜好に影響し,一般に交配は異なる H-2 型のマウスでより頻繁に起こる.この H-2 型によって制御された化学感覚の伝達系は,神経内分泌反応を経て,他の生殖行動にも影響する.
 また,匂いによる識別装置とでもいえるY字型迷路を用いて,この H-2 遺伝子群のみ異なり,他は全く同一な系統のマウスや,その尿の匂いの違いを識別するように訓練することができた.さらに, H-2 突然変異体のマウスでも匂いによって識別できるという結果は,この遺伝子群に連鎖した道の遺伝子ではなく, H-2 遺伝子群自体が関与した匂いで個体識別がなされていることを意味している.最近の研究では,この H-2 遺伝子群によって決められた匂いの型は成体に限らず,生後わずか1日の乳児,そして,受胎後9〜12日目の胎児にも既に存在することが分かった.かくして,この MHC に基づく匂い型は,母親と子供同士の相互関係を制御するのに役立っている.遺伝仕方による匂いの識別は,交配の選択ばかりでなく,妊娠,授乳,保育など幅広い範囲にわたって,神経内分泌反応に結びついていると考えられる.

参考論文
マウスの織適合遺伝子による個体の臭い;蛋白核酸酵素 Vol. 27 No. 4 (1982)

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