実験動物の飼育環境への配慮は十分なされてきたとは言えない。実験動物は成長期の若いうちに用いられることが多いので、狭い場所で餌だけ与えて、短い期間育てればよいとされてきたのかもしれない。しかし、長期にわたる実験や、老化の現象をみる研究には、動物たちの生存環境が大きく影響してくると考えられる。
第1に飽食の問題がある。成熟するまでは繁殖用の餌を十分与えてよいが、それ以降も24時間山盛りにして餌を与え続けると、肥満動物になってしまう。正常なヒトの老化モデルとしては不適当である。そこで、成熟後は体重を一定に保つべく制限食飼育を行うとよい。老人研においては、隔日給餌法によって、老齢でも肥満にならないマウスとラットを作製して利用者に供している。老化動物開発区から放出された動物を、利用者は制限食条件で維持して実験に用いる。制限食下の老化動物は、行動観察実験において動きが敏捷で、運動機能低下の影響がほとんどみられず若々しい。
第2は生存環境からの刺激の多寡の問題である。動物なりに精神活動をもっているはずなので、刺激の少ない生活をしていると神経系の発達が悪くなる。神経系は経験の学習によって発達する能力「可塑性」をもっているので、ヒト、動物はそれぞれの生存環境に適応して成長する。即ち、神経活動の元になっているシナプスは使わなければダメになり(廃用性萎縮)、よく使えば発達する(活動依存性シナプス形成)。そのようなシナプスの変幻自在ぶりは、 モUse it, or lose it モ と言われる。ラットの飼育環境を2つ設定して脳の発達を比較してみた。1つは、通常のプラスチックケージに床敷のチップのみのところに3匹入れて、食っちゃ寝で2年半まで飼育した(標準群、SC)。もう1つは、広いケージに12匹入れ、様々の遊び道具を置いて飼育した(豊富環境群、EC)。知能の発達はEC群において目覚しいものであった。その裏づけとして、シナプスが極めてよく発達していた。多数匹を豊富環境の中におくと、様々の探索行動や、個体間の社会的相互作用が行われ、SC群よりもよりラットらしい活動的な生活ができているのではないかと想像された。
実験室の動物たちは、ヒトへ外挿できる実験動物であると同時に、快適な生存のための飼育環境が考慮されるべきと考える。