遺伝子組換えマウスを利用した癌抑制遺伝子PTENの生体における機能解析

秋田大学医学部構造機能医学講座分子医科学分野

鈴木 聡

 種々のサイトカイン・増殖因子受容体、T細胞・B細胞受容体を介する刺激はPI3キナーゼ(PI3K)を活性化し、PI3Kはホスファチジルイノシトール4, 5-2リン酸 (PIP2)をホスファチジルイノシトール3, 4, 5-3リン酸 (PIP3)に変換する。PIP3はさらにPKB/Akt等を活性化し、下流p27Kip1、Bad, NF-kB,Caspase-9、Fas mediated signal、MDM2の分子群を介して細胞増殖、アポトーシス抵抗性に働くことが知られている。癌抑制遺伝子PTEN (Phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome ten) は主にPIP3を基質とし、このシグナルを負に制御する脂質ホスファターゼ(PIPase)である。PTENはヒト染色体の10q23に位置し、ヒトでは多くの悪性腫瘍、なかでも子宮内膜癌、グリオブラストーマ、前立腺癌などに高頻度に変異が見られる。その他にも、メラノーマ、乳癌、膀胱癌、肺癌などの多種類の腫瘍において少数ではあるが変異が報告されている。また近年、PTENの機能が、DNAメチル化などのepigeneticな変化により不活化された例が前立腺癌や子宮内膜癌で報告されており、PTENが関与する悪性腫瘍はさらに多く存在するものと考えられる。
 一方先天性変異はCowden 病や Lhermitte-Duclos 病、Bannayan-Zonana 症候群など、多発性の過誤腫を伴い、高頻度に乳癌、甲状腺癌、卵巣癌などを好発する疾患を引き起こすことが知られている。

 我々はPTENの生体における役割を解析するためにPTEN欠損マウスを作製した。
 ヘテロ欠損マウスではほぼ全例経過中にリンパ節の過形成を呈し、また一部はT細胞性リンパ腫を呈した。加えて子宮内膜癌、前立腺癌、乳癌、奇形種、甲状腺癌、腸管でのリンパ性ポリープなどを引き起こし、PTEN変異が報告されているヒト腫瘍のスペクトラムやCowden病にみられる腫瘍をほぼマウスで再現できた。さらにこのマウスでは自己免疫疾患を呈し1年で約半数が死亡した。しかしながらPTENホモ欠損マウスは胎生早期に致死であったので、各種臓器におけるPTENの機能解析は非常に困難であった。そこで、我々はPTENfloxマウスを作製することによって、臓器特異的にPTENが欠損したマウスを作製し、これら臓器におけるPTENの機能を解析している。

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