特別講演2:

がんの遺伝子診断 〜臨床応用へ向けて〜

(乗り越えるべき技術的、倫理的諸問題をまじえて)

                                                                                                 

                           堀井 明

(東北大学大学院医学系研究科病理学講座分子病理学分野) 

 現在,日本人の死亡原因の第一位はがんである。平成10年に我が国では約93万6千人が死亡したが,うち約28万4千人(30.3%)の死因はがんであった。一口にがんと言っても,膵癌などは20人に1人位しか5年生存できないのに対し,甲状腺乳頭癌,子宮内膜癌のように5人に4人位は5年生存する比較的予後が良いものまで非常に大きな違いがある。しかし,がんの発生には共通点がある。それは,がん遺伝子,がん抑制遺伝子という二種類の遺伝子に異常が生じ,それが蓄積した結果,発がんに至るという点である。現在,多くのがんにおいて治療の中心は手術である。その際,転移,浸潤といった根治的手術を不可能にする要因を左右するのも,がん細胞にどんな遺伝子異常があるかによって規定される。その際,個体間に免疫能などの違いがあり,同じ遺伝子変異があっても,必ずしも同じ結果になるわけではない。

 病気の診断の際,疾患の発症において最も根本的な異常を診断の指標とするべきであり,異常を標的とした治療を行うべきである。がんにおいても然り。遺伝子異常を指標として診断し,それを標的として治療にあたるべきである。残念ながら,発がん過程はまだあまり明らかにはなっていない。発がんにおいて重要な働きをする遺伝子異常を明らかにし,その後に診断,治療の方策が浮かび上がってくるはずである。

遺伝子は親から子へと伝わる。従って,先天性の遺伝子変異による遺伝性腫瘍の場合,遺伝子を調べることにより,確実に診断できる。しかし,ここで考えなければならないのは,変異のある遺伝子は,一定の確率で親から子へと伝わる点である。個人は『知る』権利と同時に『知らないでいる』権利も有す。また,遺伝子診断の結果が判明している場合,保険契約の際にも影響を及ぼすこととなる。診断はできても,有効な治療方法が無い場合もある。現状は,これらの医学的・社会的状況の中で手探りで遺伝子診断を進めている。しかし,その際の最も基本的な考えは『遺伝子診断は患者のためのものである』という点である。

 

 

[略歴]

最終学歴:大阪大学医学部医学科 1981年3月卒業

医学博士学位取得(大阪大学)1989年3月

学位論文:

Primary Structure of Human Pancreatic a-Amylase Gene: Its Comparison with Human Salivary a-Amylase Gene.

1977年 3月:東京大学理学部化学科卒業

1977年 4月:大阪大学医学部医学科編入学

1981年 3月:大阪大学医学部医学科卒業

1981年 5月:医師免許取得

1981年 7月:大阪大学医学部第2外科,西宮市立中央病院・外科

1985年10月:大阪大学・細胞工学センターにて研究

1989年 4月:Research Associate at Howard Hughes Medical Institute, University of Utah (Professor Ray White's Lab.)

1990年12月:(財)癌研究会・癌研究所・生化学部・研究員

1994年 9月:東北大学・医学部・病理学第一講座・教授

(1997年4月より大学院重点化により講座名変更。東北大学大学院・医学系研究科・病理学講座・分子病理学分野)

論文編集委員等

Jpn. J. Cancer Res.:Editorial Board

J. Hum. Genet.:Editorial Board

Oncol. Rep.:Editorial Board

J. Biochem.:Member of Advisory Board

学会役員等

評議員:日本癌学会,日本人類遺伝学会,日本胃癌学会

世話人:家族性腫瘍研究会,腫瘍マーカー研究会,分子病理研究会

顧問:東北家族性腫瘍研究会