英国での動物実験のためのPersona11icense取得体験


福島県立医科大学医学部 杉野隆


 私は1994年6月から2年間、オックスフォード大学ナッフィールド病理学教室のデービット・ターリン助教授の研究所に留学しました。私の英国での研究テーマが動物実験を必要としており、そのための資格の取得に多いに苦労しました。ここでは、私の体験した英国の動物実験事情を記したいと思います。

 当時のイギリスではアイルランドの過激派集団IRAとの停戦協定が成立し、爆弾テロが鎮静化しているはずでしたが、留学してすぐにオツクスフオードの市街地でカバン屋の爆破事件が起こりました。事件は動物愛護を訴える過激派が動物の皮製品を扱う店舗をターゲットとしたものであり、さほど珍しいことではないといいます。そのような動物愛護の過激なまでの活動はイギリス国内でかなり頻発していました。また、動物を扱う研究者の社会的身分が低いなど、国民の中にも動物愛護の精神が浸透しているようでした。

 そのような国民感情もあってか、イギリスでは動物実験がThe Animal Act1986という法律によって厳しく規制されています。その根本の理念は人間以外の全ての脊椎動物の苦痛の原因となる手技を制限するということです。この法律は動物実験にプロジェクトライセンスとパーソナルライセンスの2つのライセンスを必要としています。プロジェクトライセンスは動物実験の責任者が、パーソナルライセンスはその実行者が各々厳しい講習と試験に合格して始めて入手できるものです。

 私の所属した研究所は「癌の分子病理学的手法による早期発見」と「癌転移機構の解明」を旗印にしていました。私の研究テーマ3つのうち1つが悲劇的にも動物実験を必要とするものでした。それは樹立したヒト乳癌細胞株クローンの転移性を、動物に移植することによって検証することでした。実験に先立ち、パーソナルライセンスを取得するために2日間に渡る講習と試験を受けました。講習は英国における動物実験に対する法規の歴史、動物愛護についての社会環境、新しい法律の1つ1つについて、また、各動物の生態、取扱いの注意などを0HPやビデオテープを使って、かなり細部に渡って行われ、一緒に講 習を受けたイギリス人の同僚も難しすぎるとの感想を漏らしていました。試験は選択式でしたが、動物実験の倫理や法律に関する(私には)難解な英文の読解を要し、2度不合格となりました。3度目は英和辞典の持ち込みと試験時間の延長を認めてもらい、さらに、試験終了後、試験委員とのディスカッションにまで持ち込み、何とか合格させてもらいました。しかし、ライセンスを取得したのは帰国半年前でした。急いでヌードマウスを入手し、癌を移植して実験を始めました。

 しかし、今度は動物の管理面で大きい制限を受けました。イギリスでは腫瘍による歩行困難や潰瘍、出血をきたした場合には速やかに動物を安楽死死させなければならないという取り決めがあり、十分な坦癌期間がとれず、思うような転移の実験データを得ることができませんでした。

 このような失敗は私の至らなさに依るところが大きいと思われますが、英国の動物実験の環境は日本に比べてはるかに厳しいことは間違いありません。両者の優劣は別にして、二度とあのような環境では動物実験をしたくないというのが本音で、帰国後3年たった今もまだ当時のつらさが心から消し去れません。

第10回東北動物実験研究会
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