英国における動物実験の規制


山形大学医学部 大和雄


 英国においては、The Anima1s(Scientific Procedures)Act 1986により、実験その他の科学的目的で生きた動物を使う際、その動物が痛みやストレス、虐待などを受けないように厳しく規制している。
 特徴的なことは動物実験の免許制度である。実際には研究プロジェクトの審査とプロジェクトライセンスの発行、実験に直接携わる研究者や技術者の適性の審査とパーソナルライセンスの発行、実験動物を繁殖・維持・供給し、また使用する施設の審査と責任者に対する認定証の発行等により規制が具体化される。
 法律の適正な施行のために査察官が任命され、申請のあったブロジェクトや実験実施者の適性審査、飼育繁殖施設の適性評価、及び個別の施設に対する査察、行政指導などを行っている。
 The Animals(Scientific Procedures)Act 1986の概略は以下の通りである。

The Animals(Scientific Procedures)Act 1986
 この法律では、「その研究を通して得られる成果が、動物が被るいかなる痛みやストレスよりも価値があるときにのみ動物実験が許される」、としている。
 法律にうたわれている規制対象動物はヒトを除く全ての生きた脊椎動物とタコである。規制対象動物においては、胎児、幼児、特定の段階まで発生した胚なども含まれる。また、実験処置の内容についても規制があり、毒性試験、薬の開発、生物学的基礎研究も規制の対象となり、特定の遺伝子を欠損している動物の繁殖維持、遺伝的に操作された動物、抗血清等の血液製剤の生産、動物を用いたガン細胞や寄生虫の維持なども規制対象となる。
 獣医師の治療行為や畜産などで必要となる処置はこの法律から除外されるが、これらの除外された処置については別の法律で規制されている。

ライセンスと認定
 この法律の規制下ではいかなる研究においても二つのライセンスが必要である。プロジェクトライセンスは実験処置の内容を含む研究の計画全般についてのものであり、パーソナルライセンスは研究者個々に与えられ、許可された動物で認められた方法によってのみ実験が許可される。研究が行われる場所についても場所を指定して認定するという形で免許が与えられ、定期的な査察の対象となる。

関連する法律
 法律は、この法律の運用に関するガイダンス、施行規則、年次報告の公開を内務大臣に求めている。これらには、以下のようなものが含まれる。
Statistics of Scientific Procedures on Living Animalsは年に一度発行されている。(e.g.,1998:July 1999,Cm4418)。
 最近では、この法律の適正な運用のための講習会や人材養成のシステムが充実し、国の指導機関だけでなく民間の専門教育機関も開設され有効に機能している。カリキュラムの内容は法律を所管する内務省により認定されている。

査察
 査察官はフルタイムの文官として任用され、医学的、獣医学的、科学的観点から内務大臣と内務省の官僚に意見を具申する。内務官僚はそれに基づいてこの法律の免許制度を執行し、政策を決定する。
 査察官はまた、法律の下で許可された研究並びに研究が行われている施設の 査察計画をたて、実際に査察を行う。査察官は医師と獣医師の有資格者により構成される。通常、彼らは直接バイオメデイカルリサーチに携わった経験を持ち、多くはひとつ以上の科学や医学の大学院修了者である。査察官は21人の専門的なスタッフからなり、ロンドン、スウィンドン、ケンブリッジ、シュルズベリー、ダンディーの国内5箇所に地方事務所がある。

科学的役割
 査察官は内務省において研究計画の科学的評価の最前線にたつ。プロジェクトライセンスの申請は通常実績のある研究者によってなされ、時として複数年以上にわたる研究計画の場合もある。計画の内容としては、人の移植外科からイモリの一生観察まで、医学・生物学的な全ての分野を含む。
 計画の評価は、まず、プロジェクトによってもたらされる利益が、使われる動物に対する虐待のリスクを上回るかどうかという観点で行われる。従って、申請書の中にはそれに関する詳細な説明が求められる。
 査察官は研究計画の科学上の価値と、動物を使用することの適切性、苦痛を少なくするための手段等を中心に詳細な検討を加える。判定に際し、査察官はその研究について、できるだけ動物を使わない代替の手段で行うこと、使用される動物の数を減らすこと、痛みや苦痛、ストレス、持続的な苦痛を少なくするような取り扱いをすること、すなわち3Rの原則が最大限発揮されるように指導する。
 ちなみに、免許がおりた研究計画において適切に3Rが実践されるように指導された事例が1998年の年次報告に付録Cとして公開されている。

判定結果の意見具申
 評価の過程では申請のあった研究プロジェクトに対する質問と異議申立ては必須のことである。その様な経過を経て、最終的に査察官は内務大臣と内務官僚に申請された研究計画にライセンスを与えるべきかどうか、またどのぐらいの期間与えるべきかを具申する。ただし、この法律の下では査察官は意見を具申するだけで、査察官自身がライセンスや認定証を直接発行する権限はない。(撤回したり変更する事もできない)。
 しかし、査察官が動物実験に使用する動物の管理と使用に関する政策の決定にあたって、専門的な根拠を示し、科学的専門家として機能することはいうまでもない。

査察の役割
 査察官は、実験のライセンスや施設に対する認定証の内容や期限が適正に執行されているかどうかをチェックするため施設の査察を行い、取り扱い条例に従った飼育施設の運営や動物の取り扱いについて行政指導を行う。
 査察は年間約2,500回行われる。年ごとの各施設への訪問の回数は規模と研究内容によって異なる。訪問先の大部分は動物実験施設で、それは抜き打ちで行われる。

議会に対する役割
 査察官は内務省を代表するものであり、実験動物の使用にっいて様々な主義主張をする全ての団体や個人とは全く無関係でなければならないが、必要に応じて科学者の代表や商業団体、福祉団体との協議に応じ、この法律の主旨や具体的判断基準等について説明やアドバイスを行う。同時に、他の政府機関や他のヨーロッパ諸国とも緊密に連絡を取り情報交換を行う。
 それらの活動を通して、法律を成立させた議会の考え方をより良く理解させるための役割を担う。

法律下の動物使用数
 総動物使用数は1970年代半ば以降徐々に減少している。1998年には、英国において、266万の実験処置が動物に対して行われた。そのうち60%にマウスが使われ、22%がラットであった(すなわち、全ての処置の5分の4以上がそれらで占められる)。サカナとトリはそれぞれ5%、ウサギは1.4%、イヌは0.3%以下、サルは0.2%以下、ネコは0.05%であった。
 全ての件数の丁度半分が商業施設で行われており、主に、製薬会社であった。残りは大学、医学や公的研究機関であった。約280の施設が英国にあり、法律に規制された取り扱いを行っている。
 1998年に行われた全ての実験の52%が医学あるいは獣医学分野及び薬の開発や安全性試験であった。また34%がバイオメディカル分野や基礎生物学研究の一部として行われ、約6%が国民や消費者、環境保護のための薬以外の製品のテストのために実施された。このような傾向は毎年ほとんど同じである。
 わが国でも現在開催中の臨時国会で「動物の保護及び管理に関する法律」の改正案が上程される予定であるが、わが国と英国の最も大きな違いは、実験の免許制度と査察官による査察制度の有無である。
 プロジェクトライセンスの取得実例については次演者により詳しく紹介されるので、本稿ではプロジェクト審査の過程で3Rsの原則に従って内容が修正された例について紹介し議論のための話題提供としたい。以下、10の事例について項目のみ列挙する。

@肝疾患モデル
 論文に発表された新しいモデルを使って実験を行おうとしたが、実験の目的が明確でなく、得られる成果にも疑問が呈され、結局動物の使用数は年間240匹から120匹に減らされ、実験目的も臨床的なものから基礎研究だけにとどめるように指導修正された。

A新しい外科手技の開発
 侵襲の少ない血管外科手技の開発をするために羊を用いて実験することを申請したが、他の文献から非侵襲的な処置をした場合と同じ経過をたどること、結果的に安楽死を必要とすること、継続してデータを採取することから当初計画した時間とはずれた時間に動物を安楽死させざるを得ないこと、が明らかになった。結局、使用動物数を当初の申請数の30%に減らし、実験のエンドポイントの見直しが求められ、実験のスケールもパイロットスタディに縮小された。

Bエンバイロメンタル・エンリッチメント
 査察の際、外科処置をしたげっ歯類を長期にわたって観察する実験において、動物の飼育管理と保定法等について改善が求められた。最近、動物福祉グループもこの様な状況における同様の改善を求める活動を行っている。

C急性毒性試験
 査察に際して、薬剤の投与時期、動物の観察、瀕死の動物の安楽死の時期についての改善が求められた。すなわち、毒性の結果と思われる症状の観察は日常の飼育管理作業の中でも常に行うこと、投与薬剤の影響で瀕死の状態にある動物は直ちに安楽死させて苦痛を持続させないこと、等のことが指摘された。

D呼吸器疾患の研究
 外科手術を伴う呼吸器疾患の実験申請において、動物の使用数を25%減じるように指導され、さらに確実なデータが得られた時点でその実験を打ち切りとし、認められた動物数を使い切っていなくてもその実験を終了するように求められた。

Eイン・ビトロヘの代替
 申請では、実験の一部として、昆虫の飼育と特別な組織の採取が含まれていた。この内容に関しては、広く周知されているわけではないが、他の研究室でイン・ビトロでの代替法が確立されていたのでそちらを採用するように指示された。また、マウス、ラット、モルモットの使用数も当初の200匹の申請数から50匹に減じ、材料採取の際には法の下で定められた安楽死の方法にしたがって実施することが求められた。

F新しい外科手技の適用
 2つの研究グループから別個に、同じ様な新しい外科手技の開発、適用のため実験が申請された際、査察官はこれら2つのグループを一つにまとめるように指導し、その結果、動物の使用数も半分に減じた。内務省は、この様な事例は中央で一括して実験の審査をしているメリツトであるとしている。 G薬物の依存性に関する研究
 薬物の依存性を確かめる実験で、申講では動物の使用数を少なくするために、一度使用した動物を一定期間経過した後に、再度使用する計画とした。審査の過程で、査察官は動物の再利用は同じ動物に2重の苦しみを与えることになるという判断で、これを不許可とし、動物の使用数は倍になっても動物の単回使用を指示した。この例は、動物が被る苦痛と使用数とのバランスという意味で、審査のハイライトともいえる例である。

H病気の治療
 研究申請は、獣医薬分野で効果が期待される薬剤の効果を判定する、というものであったが、同様の研究に関する論文が既に外国で発表されていた。同時に、コントロールの処置として行われる微生物の投与も食糧・農・漁業省の福祉条例に合致していないことが判明した。
 それぞれに合致するような内容に変更を求め、実験期間及び誘発する病態もよりマイルドなものにするように指導された。

I放射線生物学研究
 放射線照射を伴う研究で、コントロール群が必要かどうかという点が問題になった。結果的に、仮説の立証上、コントロール群は不要との判断から使用動物数を25%までに減じるように指導された。
第10回東北動物実験研究会
東北動物実験研究会のホームページ