[特別講演]

NASA研究所における動物実験の体験


福島県立医科大学医学部 片平清昭


1.はじめに
 われわれは、今回、米国NASA/NIHが企画したNeurolab Mission (STS-90)での動物実験にかかわることができた。それは、1998年4月17日の午後(現地時間)にフロリダのKemedy Space Center(KSC)から打ち上げられたスペースシャトル“コロビア”を利用した31課題に及ぶ神経医学・生理系の実験を行ったNeurolab Project(Mammalian Deve1opment Team)である。われわれの研究課題は、「微小重力下での大動脈神経性圧反射機構の発達、Development of the Aortic Baroreflex under Condition of Microgravity」(代表研究者:清水 強教授、福島県立医科大学医学部生理学第一講座)であった。このプロジェクトは課題の公募から実験実施までに約5年を要するものであった。

2.実験の概要
 計96匹の生後8日齢の新生ラットを12匹の母ラットとともにスペースシャトルに搭載し、発射の予定が1日遅れたことから、生後9日齢で打ち上げて16日間宇宙の微小重力環境下で飼育した(FLT群)。ラットの飼育装置は12ケージからなる特殊飼育装置(Research Animal Holding Facility:RAHF)で、それぞれのRAHFケージに母ラット1匹と新生ラット8匹が収容された。ラットは地上で飼育する対照群も含めて打ち上げ遅延にも対応できるように用意された。すなわち、同じ妊娠齢のラット48匹を1単位とする10単位、計480匹をあらかじめ搬入し、6時間ごとに出産確認を行って飼育した。われわれも交代でその出産確認作業を行った。搭載ラツトは打ち上げ日に合わせて、それらの中からMDチームの合同会議によって選抜された。それらのラットは6人のPrincipal Investigation(PI)に二群づつ割り当てられ、それぞれの実験に使用することとされた。ただし、帰還後には動物の状態を考慮しながら公平でかつ実験目的に沿うように再配分することとした。なお、対照群のラッかにういても同様に選抜して再配分した。
 スペースシャトル帰還の当日に、われわれは再配分された6匹の仔ラットを用いてウレタン麻酔下で圧反射実験を行い、そのあと組織学的検索用標本の摘出作業を行った。同時に別のPIのチームが使用した動物から摘出した胸部大動脈を用いて血管の収縮-弛緩特性を測定した。この他に、検索用の組織は他のPIラットからも採取した。さらに、6匹の仔ラットを30日間通常のように飼育して帰還日と同様の実験を行った。一方、飛行群の対照として二種類の地上飼育群を設けた。すなわち、飛行群と同じ飼育装置(RAHF)内で飼育した群(Asynchronous Ground Control:AGC)と通常の市販ケージで飼育した群(Vivarium:VIV)の飼育室の環境は通常飼育時の状態と同じであった。これら二群に加えて、打ち上げ直前の生体状態を知るための基礎試料群(Basal Control:Basal)も設けた。これらの対照群についての実験は、実験者数、実験所要時間、場所の確保、実験機器類の員数など人的、時間的問題のために、Basal以外は飛行群の実験よりも4日づつの遅れで実施した。したがって、シャトル帰還後のわれわれの実験は11名の実験者を適宜分けて交替制を敷き、12日間昼夜連続で実施した。帰還後30日についても当日からの場合とほぼ同様の日程であった。

3.NASAにおけるIACUC
 NASAには動物実験承認審査機構として1977年NASA-Ames Research Center(ARC)に設置されたInstitional Animal Care and Use Committee(IACUC)がある。一連の実験を通じて、我々は実験者の責任の重要性について貴重な体験をした。すなわち、ラットを用いた実験を行ったので、実験の過程でIACUCの担当官からの実験手順の査察も体験した。
 本番を前に、1996年にはNASA ARCにて、本実験のリハーサル兼予備実験の第1回目として実験適合性確認実験(Experiment Verification Test:EVT)を行った。我々の実験手順をMammalian Development(MD)チーム全体の実験手順の中で確認した。これにより、宇宙飛行実験実施に当たって様々な条件の再確認と新たな工夫の必要性や修正を検討できた。そして、1997年にはKSCの実験実施施設において本番のフルリハーサル(施設適合性確認試験、Faci1ity Trial Run:FTR)を行った。その後、さらに詳細な手順や不具合の修正を行って本番に備える体制を整えた。
 EVTも含めて、ラットの飼育選抜方法も実際に具体化した。そして、なによりも重要なことは、実験機器類の日本からの輸送と実験チームメンバーの移動とを実際に試みることができたことである。運搬品のリスト作成、物品準備、梱包、発送、受け取り、および終了後の日本への輸送に関する手順、さらには人員の移動に伴う健康管理と出入国およびNASA施設出入りに関する諸書類、人に関する各種証明書の作成等、研究室全体の引越しを思わせる移動は単純に準備というよりも予備実験の一部ともいえた。また、宇宙飛行士の実験遂行訓練への助言も重要なことであった。
 ARCでの動物実験のためのガイダンスの際に、私は、たまたま、改訂されたばかりのGuidefor the care and use laboratory animals(日本語訳、鍵山直子、野村達次監訳(1997):「1996年(第7版)実験動物の管理と使用に関する指針」、ソフトサイエンス社、東京)を初めて手にすることができた。Responsibilityはこの改訂版の随所に明記されており、同時に配布されたNASA Ames Research Center Animl Care and Use Handbook(添付資料参照のこと)の中にも研究者のResponsibilityが強調されていた。また、シャトルを利用した本実験の申請時には実験内容と動物取扱者に関して詳細な記述(研究者全員の略歴、とりわけ、動物実験に関する講習やトレーニングの経験の有無等)をNASAから要求された。これとは別に、動物取扱者はPersonnel Infomationの登録と年1回の健康診断の受診が義務づけられている。このような一連の手統きの後に研究者には1年間有効の動物取扱者認証カードが発行された。さらに、IACUCのガイドラインによってNASA施設内での動物実験に際してはIACUCに対してProtcol for Animal Use(PAU)と称する動物実験申請書を提出する必要があった。このPAUは動物実験が適切な処置で行われたことを記録に残す役目も果たしている。
 Test Operation Procedures(T0P)という実験手順書もNASA指定様式に従って予め作成した。このT0Pへの記載は試薬等の有害危険物の処理記録が主となっているが、動物取り扱いに関しても麻酔と麻酔状態の確認方法、実験での動物に対する処置内容、安楽死の方法、摘出組織試料の最終処理方法など全ての実験過程を記載しなければならなかった。このような各種の膨大な書類作成には、研究代表者の助言のもとで主に山崎助手が担当した。

4.おわりに
 この研究プロジェクトは、予備的動物実験や、航空機によるパラボリック飛行微小動物実験等の積み重ねがあって遂行できたものである。これまでの一連の動物実験は、福島県立医科大学動物実験指針、日本生理学会動物実験に関する指針にも従って実施されたものである。
 米国では、宇宙で動物実験を行う際には動物実験反対派団体等からの監視が相当厳しいとも聞いている。しかしながら、上述のように的確な書類を整えて関係機関の承認を受け、かつ、実験指針に従って着実に動物を取り扱うことにより宇宙環境を利用した動物実験を安全に遂行することができるのである。研究者には実験指針を遵守するという責任が強く求められており、その上で、初めてNASA研究所内での動物実験が容認されるわけである。
 研究者には安全に実験を行う責任がある。どのような場面においても、環境を汚染するようなことがあってはならないし、公共の福祉に反することのないようにしなければならない。それぞれの研究機関が自ら定め、公表している動物実験指針等は、一般社会に対して研究機関の社会的責任を誓約したようなものである。それゆえ、動物実験指針等が遵守されない場合には、社会への背信行為とみなされてもしかたないといえよう。社会からの信頼をなくして学問の自由は保証され得ない。NASA研究所での動物実験を体験して、動物実験の場合には特に、研究者も研究機関もResponsibility(責任)の意味を重く受け止めるべきであることを痛感した。
 最後に、この研究プロジェクトは、以下の英文タイトルのもとに、清水教授の宇宙医学への熱い情熱と、多数の共同実験者、特に、生理学第一講座スタッフの努力によって遂行されたものであることを付記する。ニューロラブ計画への参加から準備、実験実施に当たっては、多くの方々の協力と支援をいただいた。国外では、NASAの本部およびその附属諸機関、NIH、ニューロラブMDチーム、国内ではNASDA,JSUP,JSF等であり、多くの関係者に深謝する。


英文タイトル:

Development of the Aortic Baroreflex under Condition of Microgravity

代表研究者:清水 強1
共同研究者:山崎 将生1、永山忠徳1、和気秀文1、勝田新一郎1
大石浩隆1、片平清昭2、金子みち代3、松本茂二4
宮本裕加子5、三宅将生6、和合治幸1、大河内利康1

 
  1. 福島県立医科大学・医学部・生理学第一講座
  2. 福島県立医科大学・医学部・実験動物研究施設
  3. 東京家政学院短期大学・人間科学・生活科学
  4. 日本歯科大学・生理学教室
  5. 福島県立医科大学・大学院医学研究科学生
  6. 東京大学・大学院理学研究科学生


第10回東北動物実験研究会
東北動物実験研究会のホームページ