1.はじめに
われわれは、今回、米国NASA/NIHが企画したNeurolab Mission (STS-90)での動物実験にかかわることができた。それは、1998年4月17日の午後(現地時間)にフロリダのKemedy Space Center(KSC)から打ち上げられたスペースシャトル“コロビア”を利用した31課題に及ぶ神経医学・生理系の実験を行ったNeurolab Project(Mammalian Deve1opment Team)である。われわれの研究課題は、「微小重力下での大動脈神経性圧反射機構の発達、Development of the Aortic Baroreflex under Condition of Microgravity」(代表研究者:清水 強教授、福島県立医科大学医学部生理学第一講座)であった。このプロジェクトは課題の公募から実験実施までに約5年を要するものであった。
3.NASAにおけるIACUC
NASAには動物実験承認審査機構として1977年NASA-Ames Research Center(ARC)に設置されたInstitional Animal Care and Use Committee(IACUC)がある。一連の実験を通じて、我々は実験者の責任の重要性について貴重な体験をした。すなわち、ラットを用いた実験を行ったので、実験の過程でIACUCの担当官からの実験手順の査察も体験した。
本番を前に、1996年にはNASA ARCにて、本実験のリハーサル兼予備実験の第1回目として実験適合性確認実験(Experiment Verification Test:EVT)を行った。我々の実験手順をMammalian Development(MD)チーム全体の実験手順の中で確認した。これにより、宇宙飛行実験実施に当たって様々な条件の再確認と新たな工夫の必要性や修正を検討できた。そして、1997年にはKSCの実験実施施設において本番のフルリハーサル(施設適合性確認試験、Faci1ity Trial Run:FTR)を行った。その後、さらに詳細な手順や不具合の修正を行って本番に備える体制を整えた。
EVTも含めて、ラットの飼育選抜方法も実際に具体化した。そして、なによりも重要なことは、実験機器類の日本からの輸送と実験チームメンバーの移動とを実際に試みることができたことである。運搬品のリスト作成、物品準備、梱包、発送、受け取り、および終了後の日本への輸送に関する手順、さらには人員の移動に伴う健康管理と出入国およびNASA施設出入りに関する諸書類、人に関する各種証明書の作成等、研究室全体の引越しを思わせる移動は単純に準備というよりも予備実験の一部ともいえた。また、宇宙飛行士の実験遂行訓練への助言も重要なことであった。
ARCでの動物実験のためのガイダンスの際に、私は、たまたま、改訂されたばかりのGuidefor the care and use laboratory animals(日本語訳、鍵山直子、野村達次監訳(1997):「1996年(第7版)実験動物の管理と使用に関する指針」、ソフトサイエンス社、東京)を初めて手にすることができた。Responsibilityはこの改訂版の随所に明記されており、同時に配布されたNASA Ames Research Center Animl Care and Use Handbook(添付資料参照のこと)の中にも研究者のResponsibilityが強調されていた。また、シャトルを利用した本実験の申請時には実験内容と動物取扱者に関して詳細な記述(研究者全員の略歴、とりわけ、動物実験に関する講習やトレーニングの経験の有無等)をNASAから要求された。これとは別に、動物取扱者はPersonnel Infomationの登録と年1回の健康診断の受診が義務づけられている。このような一連の手統きの後に研究者には1年間有効の動物取扱者認証カードが発行された。さらに、IACUCのガイドラインによってNASA施設内での動物実験に際してはIACUCに対してProtcol for Animal Use(PAU)と称する動物実験申請書を提出する必要があった。このPAUは動物実験が適切な処置で行われたことを記録に残す役目も果たしている。
Test Operation Procedures(T0P)という実験手順書もNASA指定様式に従って予め作成した。このT0Pへの記載は試薬等の有害危険物の処理記録が主となっているが、動物取り扱いに関しても麻酔と麻酔状態の確認方法、実験での動物に対する処置内容、安楽死の方法、摘出組織試料の最終処理方法など全ての実験過程を記載しなければならなかった。このような各種の膨大な書類作成には、研究代表者の助言のもとで主に山崎助手が担当した。