日本実験動物医学会認定獣医師制度の発足と国際的ハーモナイゼーション


東北大学大学院医学系研究科 笠井憲雪


 日本実験動物医学会(JALAM)では、昨年(1998年)8月に念願の「認定獣医師制度」を発足させた。そして昨年11月には第一回目の認定獣医師の申請が受け付けられ、本年3月25日付けで32名の第一期認定獣医師が誕生した。そしてこのメンバーは日本実験動物医学協会(JCLAM)を組織して、活動を開始しようとしている。本講演では、認定制度の紹介とその意義、さらにこの様なシステムの国際的な状況について述べる。
 我が国には実験動物・動物実験の研究、管理等に携わる獣医師はかなりの数に上る。ちなみに日本獣医学会の分科会の一つである日本実験動物医学会会員数は、獣医師のみではないが、約250名である。その役割はどのようなものであろうか。

実験動物医学認定獣医師の必要性
 わが国における動物保護の基本規定とも言える「動物の保護及び管理に関する法律」(以下、動管法)は、「動物を科学上の利用に供する場合の方法及び事後措置」としてその第十一条に「動物を教育、試験研究又は生物学的製剤の製造の用その他の科学上の利用に供する場合においては、その利用に必要な限度において、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」とし、その第二項には「動物が科学上の利用に供された後において回復見込みのない状態に陥っている場合には、その科学上の利用に供した者は、直ちに、できる限り苦痛を与えない方法によってその動物を処分しなければならない」としている。
 以上のことは、動物実験の獣医学的管理に携わる獣医師に「実験動物麻酔に関する知識・技術を駆使して、実験動物の苦痛の排除ないしは軽減、さらに安楽死などの実施または研究者への助言を行うこと」求めており、より具体的には獣医師に、獣医師法と獣医療法で認められた要指示薬、麻薬、向精神薬などの規制された薬物を駆使した的確な技術を提供することを求めているのである。
 加えて動物実験に於いては、単に動物の苦痛を排除ないしは軽減すればよいのではない。けがや病気にかかった動物の治療とは異なり、動物実験は一般的には研究目的に沿って健康な動物に処置を施し、人工的に疾病を作ったり、外科的障害を施すものである。従って、上述の獣医学的管理処置は研究目的を妨げてはならないという制約が存在する。その範囲での最もよい苦痛の軽減法を施さなければならない。従って、例えば実験計画段階においては予想される苦痛の評価と実験方法の妥当性の評価を行うこと、実験実施段階に於いては研究目的を妨げない範囲での最もよい苦痛の軽減法および安楽死法の実施または助言を行うこと、そして実験終了時には的確な術後管理や動物の処分の実施または助言を行うことが求められる。このように動物実験全般にわたって深い造詣が求められ、これと苦痛の軽減を調和させる知識と技術、そして動物の側に立って動物実験の管理を行うというスタンスが求められている。
 しかし、なぜ、獣医師の中に認定獣医師を作らなければならないのか?獣医師の資格があればよいのではないか、という疑問が湧く。
 まず、第一の理由は、昨今の科学の進展による専門的知識の量的質的増加が挙げられる。近年の動物実験の方法の進展には目を見張るものがある。特に遺伝子工学、発生工学の進展は動物実験の傾向を大きく変えた。遺伝子操作動物の爆発的な増加である。これらの内容を、獣医師個人の責任で的確に理解するのは困難であろう。
 第二の理由は、実験動物の福祉を求める社会的な高まりが挙げられる。動物愛護を求める人々は動物実験に於いて獣医師に的確な専門性を発揮することを要求している。それは前項で述べたように、苦痛の軽減や安楽死法ばかりではない。実験動物の感染病予防や疾病診断、外科手術と術後管理などいわゆる獣医学的管理に加え、動物実験を行う研究者や飼育管理に携わる技術者の教育訓練を行い、法規や社会の動向に常に目を向けることが求められている。認定制度は上記の実験動物医学の分野で一定の水準に達した獣医師を認定し、社会に対し分かりやすい形で示すものである。
 おりしも昨今は「動物の保護及び管理に関する法律」の改正の動きが高まり、次期の国会に改正案が上程されるとのことである。自民党を中心に出されている改正案によると、動物実験関係の条文に現行法との大きな違いはないが、しかし今後、国や地方自治体による施設の認定や施設と研究に対する査察の実施、情報の公開等が求められるであろうが、これらの実施には、認定獣医師の的確な助言や指導が求められると思われる。
 第三には、実験動物の厳格な獣医学的管理を求める国際社会との調和がある。いわゆる国際的なハーモナイゼーションである。これについては後述する。

日本実験動物医学会認定獣医師制度規程
 さて、この度発足した認定制度の仕組みはどの様になっているのであろうか。
 まず、昨年発足時の規定は暫定制度とし、資格審査のみで創立者グループを認定する事とした。次にこの暫定制度を三年以内に廃止し、その間に新しい制度、本制度を発足させ、全面的に移行することである。これは資格審査に加え筆記試験等を行うことにしている。
 暫定制度の資格審査は、まず申請に必要な資格として(1)獣医師であることと、(2)出願時に5年以上継続して前身の実験動物医学研究会を含めた実験動物医学会の学会会員であることである。そして書類審査は(1)実験動物医学分野での経験を問う「背景資格」、(2)生命科学関連論文作製の経験を問う「論文発表」、(3)日本実験動物医学会、日本実験動物学会および日本獣医学会における活動経験を問う「学会活動」、(4)学会主催の研修会での学習を問う「研修会活動」の4つの部分からなる。これらの内容を点数化して100点満点中80点以上を合格とするものである。
 この認定獣医師資格の有効期間は認定後5年とし、更新は新しい本制度による認定制度に則り行われることになっている。

米国の認定獣医師制度
 では、欧米の事情はどの様であろうか。
 アメリカでは早くから獣医学会が実験動物医学のスペシャリストとしての教育訓練制度を確立し、優秀な人材を輩出し、実験動物・動物実験分野での中心的役割を果たしてきた。1952年にアメリカ獣医学会に「実験動物の医学的な管理に関する委員会」が設置され、獣医師の実験動物への積極的な関わりが始まった。そして1957年にはアメリカ実騨動物医学協会(American College of Laboratory Animal Medicine:ACLAM)が設立された。この協会協会の目的は、実験動物医学の教育、トレーニング、研究を促進し、また実験動物の管理や健康の専門家としての獣医師の基準を確立し、そして試験によって実験動物医学の深い知識と経験を持つ獣医師を認定する事である。
 現在、認定されたメンバーは500名以上を数え、米国内の全ての動物実験・実験動物の施設にはこの協会所属メンバーがいなければ運営できない。従って米国においてはこの資格は非常に高い権威(priority)を持っており、メンバーは誇りを持っている。
 米国に於いてこのような組織が実に42年も前に設立され、医学・生命科学の発展と実験動物の福祉に大いに貢献してきたことは、わが国における同様の組織の確立が急がれる所以でもあった。

国際的ハーモナイゼーション
 最近、あらゆる産業界で国際的なハーモナイゼーションが叫ばれ、求められている。これは工業製品や農産物の世界的な基準を作り、自由貿易を促進しようと言うことであろう。特に薬品開発段階における薬効調査や安全性試験においても、その方法を国際的に統一するために、動物実験の方法や飼育管理法を国際的に基準化する動きがおきている。さらに動物の輸入も年々増加しており、各国での特にサルのB-ウイルスやエポラ出血熱、ラツトのハンタンウイルスなど人獣共通感染症の頻繁な発生は、これらがいつでも我が国へ侵入する可能性があることを考えさせる。このため、実験動物に携わる獣医師も、それらの情報を適宜に入手するのみならず、その能力や技術が国際的に見ても十分な水準を維持する必要がある。このために獣医師は常にこれらの能力の向上を目指し、研鎖を積まなければならない。このことが認定獣医師制度の早期発足が求められた所以でもある。
 去る11月7日から米国インデアナポリスで第50回アメリカ実験動物学会が開催された。この折りに、アメリカ実験動物医学協会(ACLAM)は7日と9日に理事会と総会を開催したが、我々、日本実験動物医学協会(JCLAM)とこれから設立予定のヨーロツパ実験医学協会(ECLAM)は理事会及び総会に招待され、お互いの情報交換を行った。JCLAMからは大阪大学の黒沢努助教授と私が参加し、本認定制度の内容と意義について説明した。また、Dr.Morris(イギリス)は、これから発足予定のECLAMの問題点、特にヨーロツパ各国の言葉の違いが大きな問題になることなどを紹介した。また今後、各協会の相互認定や教育プログラムの内容のACLAMからの援助などについて話し合っていくことが確認された。また、お隣の韓国からの獣医師も参加しており、今後韓国や中国を含めたアジア各国との連絡も取り、各方面の情報交換を行うことも確認された。
 この様にして日本実験動物医学協会(JCLAM)は国際的水準の獣医師の養成と、それを保証する認定制度の充実を計っていく所存である。


 ようやく制度は発足し、去る3月には待望の初の認定獣医師の32名が誕生した。レールは敷かれた。あとは認定された会員が認定獣医師であることに誇りを持ち、いかにその能力を動物実験の管理や動物福祉に生かし、またこの制度の充実に貢献するかにかかっている。また一方、実験動物関係者のみなさまの暖かいご支援がこの制度を充実させるためには不可欠であると考えている。なにとぞこの制度を長い目で見ていただいて育てていただくよう、お願いする次第です。

第10回東北動物実験研究会
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