これは第7回東北動物実験研究会(1996年9月6日開催,実験動物技術者協会奥羽・東北支部合同勉強会を兼ねる)での倉林 譲先生の講演抄録です。Netscape Navigatorで見ることを想定しております。

実験小動物(マウス・ラット・ウサギ)の麻酔について

岡山大学医学部付属動物実験施設
倉   林    譲

はじめに

 医学の実験研究において麻酔技術を用いることは,実験動物福祉上非常に重要なことである。実験動物に必要以上の苦痛を与える可能性を有するいろいろな処置を行う場合には,実験動物の適正なハンドリングを行うことと同時に,適切なる鎮静,鎮痛ならびに麻酔を行うことが大切である。米国ではGLPおよびNIHの「実験動物の管理と使用に関する指針」(1985)が整備されており,その中には麻酔技術と鎮痛について定められている。一方,わが国では「動物の保護及び管理に関する法律」(昭和48年10月1日,法律第105号)ならびに「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」(昭和55年3月27日,総理府告示第6号)等が定められている。
 さらに文部省は昭和62年5月,学術国際局長通知として「大学等における動物実験について」の文書を各大学長宛に送付し,実験動物の福祉に関して注意を喚起した。その中に織り込まれた最重要項目は,実験動物の苦痛排除である。実験動物の具体的な苦痛排除手段は,麻酔であるといっても過言ではない。
 以下にマウス・ラット・ウサギをはじめその他の実験動物を含めての麻酔法等の総論的なことについて略述するので,実験動物の福祉の一助にでもなれば筆者としてこれほど嬉しいことはない。

A.実験動物の麻酔法

 麻酔法の種類には
表1.1に示すごとく,全身麻酔,局所麻酔ならびに特殊麻酔がある。実験動物分野では,全身麻酔を使用することが非常に多く,局所麻酔を使用するのは中動物以上の大きさを有する実験動物に比較的多く用いられ,特殊麻酔を使用するのはごく僅かの特殊実験のみに使用される。

1.全身麻酔法

 全身麻酔は,意識消失,無痛,筋弛緩,自律神経遮断作用があり,麻酔薬が中枢神経系の働きに影響を与えており,二次的にも呼吸,循環,代謝機能にも影響を及ぼしている。例えば,静脈注射の過量によって生ずる呼吸抑制等で死亡する事故は,経験の浅い実験研究者によって日常茶飯事に引き起こされている。安全性の高い吸入麻酔といえども,その麻酔薬の副作用による呼吸抑制や循環抑制作用等による麻酔事故は希ではない。
 また,麻酔薬の過量投与のみならず,ハンドリングの未熟さによる実験動物に対する不安感は,麻酔深度にも影響を与えかねないし,ハロタンと筋弛緩薬であるサクシニルコリンの併用で合併症を起こしたり,ブタでは悪性過高熱などの合併症がたびたび発生することがある。このように全身麻酔を施す場合には,いろいろなアクシデントが発生することを予期しなければならない。動物実験を行う場合には,人手が少ないこともあり細心の注意が必要で,特に次のことが重要である。
  1. 動物実験を行う際には,実験動物に対し疼痛,不快感を一切与えてはならないので,麻酔技術の修得が重要である。
  2. 術者は,手術を完全に行うために,技術の修熟は勿論,術野の十分な露出,無菌的処置,出血をできるだけ少なくする必要性がある。
  3. 麻酔を施す者は,各種実験動物に適切な麻酔薬,麻酔方法等の麻酔手技を修熟し,過失のないように努めなければならない。麻酔に関連した神経・呼吸・循環・代謝・酸塩基平衡・薬理・麻酔薬・呼吸回路・器具等についても熟知する必要性がある。

2.鎮静・麻酔処置前の注意

 実験動物の鎮静(sedation)は,適切な動物実験のためのみならず,実験動物福祉の観点からも非常に大切な事項である。
 実験動物の鎮静には,まず実験動物を適切な環境におくことである。ケ−ジの広さが十分であり,ケ−ジの材質が動物にとって優しく,洗浄・滅菌が容易かつ簡便であり,飼育室・実験室の温度・相対湿度が至適であること。糞尿等による空気汚染のないよう努め,室内の照明・光質の適正化,昼夜の適正照明時間,無騒音化等についても十二分に考慮する必要性がある。また,腐敗飼料を投与したり,自動給水装置の故障等による実験動物の脱水症状(dehydration)は,全身麻酔処置を行う場合には非常に危険な状況になりかねないので注意が必要である。また,麻酔前に粗暴な取扱いや固定等は,不安を与えるので好ましくない。また,微生物等に感染し健康を損なっている実験動物の麻酔については,麻酔事故が多発するので使用しない方がよい。また,施設へ動物を搬入して間もなく麻酔を施すと麻酔死を来すことがあるので,輸送中の疲労・脱水・空腹等が回復してから使用すべきである。
 また,麻酔量の決定をする場合,体重が重要な因子となるので体重測定が不可欠である。この場合には実験動物の体に触れなければならないので,恐怖心を与えない適切なハンドリングが必要である。万一動物に不安を与えるようなハンドリングをした時は,呼吸器系・循環器系の興奮を来たし,吸入麻酔の時には急速導入(rapid induction)を来す恐れがある。この場合には危険な状態になりかねないので特に注意をして欲しい。
 また,ある種の疾患,例えば自律神経失調症には鎮静薬の内服や麻酔薬の副作用を予防するために投薬が必要になることがある。これを麻酔前投与(pre-anesthetic medication またはpremedication)と呼び,手術を行う場合実験動物の精神状態を保護すると共に,麻酔の導入を安全かつ円滑に行い,良好な麻酔経過を得ることにより,実験動物を安全に管理することを目的とするものである。これらに用いる薬剤には,スコポラミン,モルヒネ,ペチジン,フェンタニ−ル,ペンタゾシン,ペントバルビタ−ル,セコバルビタ−ル,フェノバルビタ−ル,クロルプロマジン,プロメタジン,ジアゼパム,ハイドロキシジン,ドロペリド−ル等がある。表1.2に,トランキライザ−ならびに抗コリン作動薬の薬用量を示す。

3.実験動物の鎮痛

 実験動物の鎮痛(analgesia)とは,何らかの手段で中枢神経系に作用して意識が消失することなく疼痛を取り除くか,あるいは緩和することをいう。この鎮痛の手段として,一般には鎮痛薬(analgesic)が用いられる。
 鎮痛は,麻酔と同様に疼痛を取り除く処置であって,全身麻酔薬,局所麻酔薬,鎮痛薬などによる処置に区別される。従って,実験動物の苦痛排除手段は,全身麻酔薬によるものもあれば,局所麻酔薬によるものもある。しかし,動物実験中特に疼痛が激しい処置を施す場合には,鎮痛薬を使用することが望ましい。
 鎮痛薬には,麻薬性鎮痛薬と解熱性鎮痛薬とに2大別される。麻薬性鎮痛薬とは,モルフィン,コデイン,ペチジン,レボルファノ−ル等で,鎮痛作用のほか,麻酔作用,呼吸抑制,鎮咳,止しゃ作用があり,耐薬性,習慣性が強い。これらは麻薬であるので,使用が制限されている。
 解熱性鎮痛薬とは,アミノピリン,アンチピリン,フェナセチン,アセチルサリチル酸などで鎮痛作用と解熱作用,消炎作用もある。これは,麻薬性鎮痛薬と比較し鎮痛作用ははるかに弱い。これらの鎮痛薬が麻酔前投薬(premedication)として投与される事が少なくない。麻酔前投薬には次のような利点がある。
  1. 麻酔導入時のストレスを除くのを助け,恐怖心ならびに不安を減ずる。
  2. 麻酔導入に必要な麻酔薬の容量を減少することができる。
  3. よりスム−ズな麻酔導入が得られる。
  4. 麻酔からの円滑な覚醒が得られる
  5. エアウエイ(気道)と共にバイトブロック(咬合阻止器)付近からの唾液ならびに気管枝からの分泌物の量を減少させる。
  6. 血管−迷走神経反射を遮断する。
  7. 手術前の疼痛を緩和し,手術直後における疼痛を最小限にする。
 また,全身麻酔薬をもってしても完全に鎮痛しきれないものがある。例えばバルビツ−ル酸誘導体系麻酔薬では,真の鎮痛作用を有しない麻酔薬である。また,麻酔作用そのものが短時間しか作用しない麻酔薬においても,鎮痛薬等の麻酔前投薬を行っておけば,小手術は可能であることが少なくない。しかしながら,このような方法は推賞さるべきものではなく,やはり完全な麻酔前投薬と全身麻酔薬を施し,実験動物には何ら苦痛を感じさせることなく実験処置が完了することが,最良の方法であることを忘れてはならない。ただし,ニュ−ロレプタン鎮痛薬(NLA)はこの限りではなく,広く応用されている。
表1.3に各鎮痛薬・催眠薬・鎮静薬等の薬用量を示す。

4.全身麻酔

 全身麻酔とは,「意識が消失し,手術刺激に対して生体にとり不利な体勢および自律神経反射が抑制された状態」であり,外科手術を遂行される目的で遂行させる目的で利用されるものである。全身麻酔の内容を知覚遮断,反射の抑制,意識消失,運動遮断等に分けることがあるが,この場合の知覚遮断の意味は,脳に知覚入力が到達しても,脳の反応性が減弱あるいは消失している状態で,知覚入力そのものを遮断する局所麻酔とは明らかに異なる。しかし,このような全身麻酔の作用機序については,現在のところ不明な点が少なくない。
4.1注射麻酔
表1.4に示すように,投与経路によって静脈麻酔,筋肉内麻酔,腹腔内麻酔等に分けることができる。
  1. バルビツ−ル酸誘導体:睡眠作用が強力で,循環器系・呼吸器系の抑制が強い。一方,鎮痛作用や筋弛緩作用はなく,疼痛域値はむしろ低下させる。
    *ペントバルビタ−ル:商品名;ネンブタ−ル,ソムノペンチル等は,イヌ・ネコ等で静脈麻酔・腹腔内麻酔で用いられる。
    *チオペンタ−ル・チアミラ−ル:商品名;ラボナ−ル,チオバ−ル・イソゾ−ル,アミパンソ−ダ等は,超短時間作用性で,静脈内投与でイヌ・ネコなどでは,5-15分程度の麻酔が得られる。主に吸入麻酔の導入と小手術に使用される。
  2. 塩酸ケタミン:主に筋肉内・静脈内投与の何れの方法でも非動化ができる。鎮痛作用は強いが,内臓痛には効果が弱く,筋弛緩作用も弱い。新皮質や視床を抑制するが,大脳辺縁系を逆に賦活化する。したがって,手術中の刺激と無関係な体動を見ることがある。血圧は上昇,呼吸は中等度抑制,特に小げっ歯類では手術麻酔期を来す麻酔量では,重度の呼吸抑制を来し易い。唾液・気道分泌は多くなるため,殆どの動物に対し,硫酸アトロピンの前投与が好んで使用される。
  3. バランス麻酔:麻酔の目的である中枢の遮断・鎮痛・筋弛緩等の作用を有する薬剤を併用してバランス良く麻酔状態を得る麻酔方法をいう。はじめに開発されたのが,合成薬である鎮痛薬であるフェンタニ−ルと自律神経遮断薬のドロペリド−ルを組み合わせた神経遮断麻酔(NLA;neuroleptanesthesia)である。これをもとに,フェンタニ−ル−フルアニゾンとミダゾラムの組み合わせは,げっ歯類やウサギに最適とされている。また,フェンタニ−ルとメトミデイトの混合剤は,小げっ歯類の麻酔に適している。
  4. その他の静脈麻酔:アルファシオン,ウレタンおよびアルファクロラロ−ス等があり,後2者は発癌性があるので使用されなくなりつつある。
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4.2吸入麻酔
吸入麻酔薬の物理化学的性状については,表1.5に示す通りである。気化麻酔ガスを吸入させて全身麻酔を施す方法で,ガス麻酔薬と揮発生麻酔薬に分類される。笑気ガス,サイクロプロパンはガス麻酔薬であり,ジエチルエ−テル,ハロタン,エンフルラン,イソフルラン,セボフルラン等は揮発生麻酔薬である。 その作用機序は,吸入された麻酔ガスは肺胞細胞から血中に入り,脳に運ばれて中枢神経系に作用することによって全身麻酔が得られる。吸入麻酔薬濃度の増加や減少が,脳内の麻酔薬濃度に敏感に反応し,麻酔深度の調節性については,他の麻酔法の追随を許さない。
  1. 笑気ガス(亜酸化窒素,N20)
    笑気は,呼吸循環器系の抑制がほとんど無く,麻酔の導入,覚醒もきわめて速い。化学的にも安定で,生体内で代謝されることはない。麻酔作用は,極めて弱く,1MACが100%以上のため,単独では手術麻酔期は得られない。しかし,酸素と笑気とを1:1,1:2あるいは1:3に混合させたガスを,ハロタン,エンフルラン,イソフルランなどの吸入麻酔薬と併用することにより,後者の必要濃度を低下させることが出来,呼吸循環器系機能の抑制や副作用を軽減でき,導入時間の短縮も可能になる。
  2. ジエチルエ−テル
    極めて容易に気化して手術麻酔期が得やすく,麻酔管理が簡単かつ安全で,麻酔深度が深すぎなければ呼吸循環器系の強い抑制はない。しかし,麻酔ガスの刺激性強く,唾液分泌が多く,発咳作用・喉頭痙攣があり,最大欠点は引火性・爆発性があり,電気メス等の火花は厳禁であるため,換気装置の完備されている場所以外は使用してはならない。
  3. ハロタン
    強力な麻酔薬であり,引火性・爆発性はなく,甘い芳香を有する麻酔ガス故,気道の刺激性は少ない。大部分の実験動物で安全に麻酔を施すことが出来る。気化し易く,麻酔導入・覚醒が極めて速い。しかし,長時間麻酔を施すと麻酔覚醒時間が延長することがある。比較的強い循環器系の抑制が認められ,カテコラミンに対する心筋の感受性が上昇し,不整脈や期外収縮なども認められることがある。
  4. エンフルラン
    本剤は,麻酔深度の調節性に優れている。カテコラミンによる不整脈の発現は少ないといわれている。しかし,ハロタンに代わるほどの利点は見出されていない。
  5. イソフルラン
    麻酔の導入・覚醒がエンフルランより一段と速く,麻酔深度の調節性は極めて容易で,引火性・爆発性はない。ハロタンに比較すると呼吸抑制作用はやや強いが, 循環抑制作用は少なく,吸入麻酔ガスはほぼ完全に呼気中に排泄される。麻酔の導入と覚醒時間は速く調節性に優れているため,最も優れた吸入麻酔薬であるとされている。 欠点をあえて挙げるならば,呼吸抑制作用がやや強いことがあげられる。各種動物における主な吸入麻酔薬の強度(1MAC)を,表1.6に示す。

5.局所麻酔

 麻酔は全身麻酔と局所麻酔の大別される。動物実験の場合には,そのほとんどが全身麻酔を施すことが多いが,中枢神経にまで影響を与える全身麻酔が最良の方法ではなく,むしろ簡単な小外科手術,急性ならびに慢性疼痛の治療・診断のためには,局所麻酔の方が優れている場合が少なくない。局所麻酔には,次の利害得失がある。
  1. 脳に影響を与えることなく身体の一部に麻酔を行うことは,実験動物の意識を保ち,全身麻酔のような気道を確保する必要性がない。
  2. 全身状態を把握するために,全身麻酔時のような濃厚な看護や監視は必要としない。
  3. 実験処置後も,局所麻酔薬の効果持続時間内は無痛である。
  4. 手術等の実験処置によるストレスが軽減でき,術野からの求心性疼痛刺激が除去でき,内分泌腺への遠心性交感神経ブロックによって,術後にみられる代謝性,内分泌性変化の消失ないしは著しい軽減ができる。
  5. 全身麻酔に比較し,局所麻酔薬価の方が低廉である。
  6. 生体に与える影響は,局所麻酔薬の方が少ないため麻酔事故が起こりにくい。
  7. 局所麻酔薬は,ほとんどすべての全身麻酔の麻酔前投与で禁忌とはならない。
  8. 実験処置をしている間疼痛を感ずる状況になれば,追加麻酔が可能である。しかし,過量投与を行ってはならない。
 一方,局所麻酔薬の欠点もある。
  1. 有意識下の手術より,無意識下の手術の方がヒトの場合好まれる。実験動物の場合,局所麻酔では動物の固定ができず,暴れ回ることもあって一般に好まれない。
  2. 局所麻酔薬が誤って静脈内に流入したり,過量に投与されると全身中毒を来すことなることがある。
  3. 局所麻酔薬が体質に合わない場合は,ショックを起こすことがある。
  4. 長期間の局所麻酔薬の使用により,神経損傷を来すことがある。
  5. 広範囲に行った場合,低血圧になる場合がある。
*局所の麻酔状態を調査する方法には,ピンプリック法にて確かめる必要性がある。
*局所麻酔下での施術中にもショック等の観察のために,脈拍・心電図・動脈圧・呼吸ならびに出血量を適宜監視する必要性がある。
*局所麻酔薬の物理化学的特質を表1.7に示す。
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6.小実験動物吸入麻酔用電子制御式気化装置(ECAVS)

 イヌやネコ等の実験動物の麻酔を施す場合にはヒト用の麻酔器が利用できるが,小実験動物用麻酔器についてはまだ技術的に困難な問題点があって,完成されていない。その困難な問題点の1つに麻酔薬の気化装置がある。我々は,精度の高い電子制御式の気化装置(electronic control anesthetics vaporizing system;ECAVS)を開発した。図1.1には小実験動物吸入麻酔用電子制御式気化装置(ECAVS)の外 観を示した。また,図1.2にはその気化装置の内部構造を示した。
  内部構造の特徴的なことは,麻酔薬を気化させるための気化室内へのキャリア−ガス(02)と麻酔薬を気化させた気化ガスの流量を,2個の質量流量計(thermal mass flow controler;TMFC)によってガスの流量制御を正確に測量できる気化装置である。イヌ・ネコ・ブタならびに緬山羊等の中・大動物においては,少々の麻酔ガス濃度が正確でなくとも麻酔を施すことができるが,実験小動物の吸入麻酔を施す場合には,高度な精度が要求される。本装置におけるハロタンのキャリブレ−ションカ−ブを,図1.3に示すように精度が高い麻酔気化装置といえる。

7.MACについて

 動物実験を行う上で,適切な一定の麻酔深度のもとで行うことは,実験結果や評価に影響するばかりか,動物実験福祉の観点からも非常に重要な事である。そこで各麻酔薬共通で客観的な数値で比較できるMAC(minimum alveolar concentration)は,1963年,MerkelとEgerがequipotenncy(同じ強さ)を表す指標として提唱された。

8.麻酔覚醒時の注意

 麻酔覚醒時すなわち術後の麻酔管理は,術中管理と同様に大切である。とかく動物実験後は術後管理がおろそかになりがちである。むしろ術後管理は厳重に行う必要がある。以外に死亡事故が多い。完全に麻酔覚醒するまで確認する必要がある。また,次の事項についても監視する必要がある。
  1. 覚醒室の環境
  2. 麻酔覚醒期における実験動物の監視
  3. 輸液療法
  4. 創傷感染の予防
  5. 術後疼痛の処置
  6. 縫合糸の刺激で疼痛が発生する場合は抜糸
  1. 疼痛の認知:a)活動(activity);姿勢,歩行状態等から不安など異常行動が認められる。b)外観(appearance);ケ−ジやオリの隅で弓なりの姿勢をとる。肛門の周囲に被毛や糞が付着していても毛づくろいせず,眼・鼻・口の周囲も汚れた状態となる。c)気質(temperament);疼痛のある動物では攻撃的,咬癖,ひっかき,無気力等気質の変化が認められる。d)発生(vocalization):急性疼痛の場合は大声を発する。これは長時間持続的なものもあるが,鼻を鳴らしたりすることもある。げっ歯類の発声は,高周波音のためヒトには聞き取れない。e)摂食行動(feeding behavior);摂食・摂水量は,疼痛があると減少する。激痛のある場合には停止する。f)生理的変化(alterations in physiological variavles);疼痛は,呼吸のパタ−ンおよび数に影響し,深呼吸時に減少する。また,心拍は増加し,激痛は循環障害の発生原因となる。その部分の皮膚は蒼白となるので見分けられる。
  2. 疼痛ならびに苦痛の定量的判定(quantitative assessment of pain and dis-tress):疼痛ならびに苦痛の定量的判定とは,臨床所見の必要範囲で体表から観察された反応に記号をつけて査定されたもので,その情報を点数化したものを体表スコア−という。このスコアは表在性疼痛に関係が深く,高スコアを示す動 物は,疑いもなく苦痛があり,鎮痛薬投与により体表スコアが減ずれば,疼痛や苦痛が減少したことを意味する。
  3. 疼痛軽減(pain relief):鎮痛薬投与は,術後期のとう痛を軽減させる方法として残されており,オピオイド鎮痛薬・麻薬性鎮痛薬と非ステロイド系の抗炎症(NSAID)の2グル−プに分けられる。
  1. オピオイド系鎮痛薬:アゴニストとアンタゴニストの2活性物質に分けられる。モルフィン作用があり,モルフィン作用を逆転させる拮抗薬としても用いられる。
    *オピオイドアゴニスト;モルフィン,ペチジン(メペリジン),ペンタゾシン,ブプレノルフィン等と類似しており,他の感覚を失うことなく疼痛を軽減させるが,呼吸抑制の副作用がある。循環器系の副作用は少なく,バランス麻酔に使用されることがあるが,多量になると徐脈の原因になることがある。作用時間は2-4 時間程度である。上記の他,メサドン,オキシモルホン,D-プロポキシフェン,コデイン(ジヒドロコデイン),フェンタニ−ル,アルフェンタニ−ル等がある。
  2. 非ステロイド系抗炎症薬:中程度・低い鎮痛力薬物で,これらの複合体は,鎮痛作用と抗炎症作用とを有し,関節炎等の中程度の鎮痛に使用する。
    *以上の鎮痛薬の使用方法は,術後疼痛に主に使用するが,鎮痛薬の作用時間が短かいので,例えば,ペチジンは2-3hで,一日中投与することは出来ないが,ブプレノルフィンは8-12h作用が延長するので,かなりの長時間の鎮痛に役立つ。オピオイド系鎮痛薬で呼吸抑制が現れたら,オピエ−トの拮抗剤であるナロキソンを投与して治療する。
     以上,最良の鎮痛効果を見いだし臨床応用することは,動物福祉のためにもまた科学的研究のためにも,本質的に考慮されるべきである。

おわりに

 以上の様に実験動物の麻酔について主に総論的なことを述べて来たが,マウス・ラット・ウサギ等の小実験動物であるが故に十二分に注意を払って麻酔を施さなければならない。マウス・ラットでは新しい麻酔薬であるイソフルレン・セボフルレン等の吸入麻酔が適当と思われるし,ウサギは穏やかな性格なのでPremedicationあるいはペントバルビタール静脈内麻酔後に前述の吸入麻酔を行うことが適当な麻酔であると思われる。麻酔は実験動物の苦痛排除手段であるが,安易に考えて麻酔を施すと貴重な実験動物の生命を失うことになりかねない。どのような麻酔薬でも生体にとって無毒のものはなく大なり小なりの副作用はつきものである。特に循環器系ならびに呼吸器系の諸臓器における麻酔薬の感受性が強い動物は,死亡するケースがあることに注意しなければならない。生と死とは紙一重である。できれば麻酔管理のために術者とは別に一人監視することが望ましいし,万一,一人で全ての実験を行わなければならない場合は,実験処置のみにとらわれず,実験動物の状態を良く監視する必要がある。
 なお,本論文の要旨は,第7回東北実験動物研究会(秋田大学医学部附属動物実験施設・松田幸久会長;於秋田大学医学部附属病院大会議室)にて講演を行った。東北実験動物研究会笠井憲雪会長をはじめ,本研究会を企画された松田幸久会長ならびに実験動物技術者協会奥羽支部各位に対し深甚なる謝意を申し上げる。

参考文献
1) P.A.Flecknell:Laboratory Animal Anaesthesia, Academic Press, 1987
2) 獣医麻酔外科学会編:獣医麻酔の基礎と実際,学窓社,1989
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