ハンタウイルス感染症(腎症候性出血熱およびハンタウイルス肺症候群)研究の現状

有川二郎       
北海道大学医学部附属動物実験施設


 ハンタウイルスはブンヤウイルス科に属するウイルスで、腎症候性出血熱(HPRS)の原因ウイルスてある。
 HFRSはユーラシア大陸全域で発生が報告され、他種類の野ねずみを感染源として 野外での作業従事者を中心に発生する地方病として知られてきた。しかし、わが国では実験動物のラットを感染源として、動物実験施設職員や実験関係者が感染する実験室型の流行が報告されている。死亡率は低い(1%以下)ものの、ときに死亡にまで至る強い病原性と汚染施設での多量の実験動物の処分による研究への支障が問題となってきた。
 1993年5月以降、米国、ユタ、コロラド、ニューメキシコ、アリゾナ州が直 角に接する地域(Four Corners region)に居住する人々を中心に急性の強烈な呼吸困難を主徴とする疾患の発生が相次いて報告された。1995年4月現在106例中55例、52%が死亡するという高い死亡率を示している。本症の原因ウイルスもハンタウイルスに属することが判明し、ハンタウイルス肺症候群(HPS)と呼ばれ ている。シカシロアシマウス(deer mouse,Peromyscus maniculatus)が主な宿主である。その後、その他にも多種の感染げっ歯類が確認され、現在では発生地域はカナダを含む北米のほぼ全域に拡大している。米国では以前から本ウイルスが野生げっ歯類の間に存在し人の感染例もあったと考えられている。しかし、なぜ最近になって発生が拡大したのかは不明である。
 わが国でも、多くの港湾地区に生息するドブネズミは依然としてラット型のハン タウイルスに感染している。また、最近我々は、北欧で流行しているHFRSウイルスと近縁のウイルスが北海道に生息するヤチネズミにも存在していることを明らかにした。これらの成績は、わが国においても米国での例のように突然、野生げっ歯類からの流行の発生する危険性を示唆している。しかし、わが国の一般の人を対象にした抗体検査はほとんど行われておらず、今後の調査が望まれている。
 動物実験施設での微生物によるバイオハザードには感染実験動物から伝播する場合と自然感染実験動物が原因となる場合がある。ハンタウイルスは、これまで述べたように他種類のげっ歯類に広い感受性を持つ点が特徴である。わが国の野生げっ歯類に存在している本ウイルスの人への病原性は不明ではあるが、自然感染例の施設への侵入、さらに、他の飼育げっ歯類への感染伝播にも注意を払う必要がある。
 ここでは、わが国のげっ歯類におけるハンタウイルス感染の疫学的成績を概観した後、本ウイルスの実験動物における感染病態、血清診断法の現状を紹介し、最後に、動物実験施設における人獣共通感染症予防対策の重要性について述べたい。

本講演に関しては日本実験動物技術者協会東北支部会報 No. 28 1996に総説として詳細に掲載されている.
東北動物実験研究会へ