トウガラシ主辛味成分であるカプサイシンの発痛作用特性と発現機序

東北薬科大学実験動物センター
安藤隆一郎

1.はじめに

トウガラシ(Capsicum annuum L.)は古くから香辛料や皮膚刺激薬として神経痛および筋肉痛などの緩解に用いられてきたが, 辛味・刺激性の主体はvanillylamideを基本骨格とする12種類以上のカプサイシノイドであり,最も多く含まれているのがカプサイシン(CAP, 50%以上)とジヒドロカプサイシン(Dicap, 約30%)である。また, 現在温感湿布の主原料として用いられている合成カプサイシノイドのノニル酸ワニリルアミド(NVA)も微量ではあるがトウガラシに含まれている(図1)。
ところで, CAPと痛み知覚との関連を最初に示したのは1950年代のハンガリーの研究グループである。彼らは, ヒトカンタリジン水疱底を用いた実験で, ごく微量のCAPが一般的な発痛物質であるブラキニン(BK)よりも低濃度で痛みを起こすこと, また動物への大量体性投与によりある種の痛みを抑える効果と神経由来の炎症反応, いわゆる軸索反射を強く抑制する脱感作効果(desensitization effect)を発見し, 痛みを和らげ る効果の根拠を示した。以来, CAPは知覚系、特に痛覚の研究では重要な“道具”として広く用いられ, 知覚神経系を介した種々の薬理学的作用が確認されている(図2)。 CAPの薬理作用は, 基本的に微量(μgもしくはnmol オーダー)用いた場合と大量(mgもしくはμmol オーダー)用いた場合とでは知覚神経系に対する薬理学的効果が極端に異なることが大きな特徴である。例えば微量のCAPは, 特定の知覚神経(主にC-繊維)を強く興奮させるが, 大量の場合, 投与直後は興奮させるものの, 経時的に興奮が収まり一時的あるいは恒久的に神経を構造的に変性もしくは破壊して, 上記の脱感作効果を示すことが知られている。ここでは, 特にCAPの発痛作用に注目し, その発痛作用特性と発現機序について, 著者がこれまでいくつかの手法を用いて検討した結果について述べてみたい。

2.痛み(pain)とは?

ケガをしたときは痛み感覚(pain sensation)が真っ先に身の危険な状態を知らせてくれるように, 痛みという感覚は, 身体に何らかの危害がおよんでいることを示すシグナルであることを我々は経験的によく承知している。 さらに, 痛みにより多かれ少なかれ不快感や不安を抱くのが一般的である。したがって, 痛みは 「組織の実質的または潜在的な傷害に伴なう不快な感情・情動体験, あるいはこのような傷害をいい表わす 言葉を使って述べられる同様の体験」と定義される。それでは痛みにはどのような種類があるのだろうか。分類の仕方によって異なるが, 解剖学的には体性痛(somatic pain)と内臓痛(visceral pain)とに分けられる。体性痛は, 皮膚, 骨格筋, 関節および四肢の血管などからの痛み情報を体性神経系を介して伝えられ, 特性として痛みが生じている場所(局在性)が比較的明瞭に確認できる点が上げられる。内臓痛は, 主に体腔内 中空臓器の痛みを自律神経内の知覚神経経由で伝えられ, 局在性が不明瞭なび漫性の痛みである。

3.痛覚伝導路

体性痛および内臓痛とも末梢部位における痛み情報の運搬役は, 細い無髄の神経繊維(C-fiber)あるいは細い有髄の神経繊維(Aδ-fiber)である。これらの末梢一次知覚神経繊維は中枢神経系の入り口である脊髄(spinal cord)に入り, 灰白質の後角(dorsal horn)で一度神経を交代(二次知覚神経)して反対側の前側索を上行して間脳の視床(thalamus)に痛み情報を入力する。なお, この上行路はおおまかに分けると2経路あり, 1つは脳幹の外側部を上行する新脊髄視床路 (neospinothalamic tract)と内側部を上行する旧脊髄視床路(paleospinothalamic tract)である。新旧の名称の由来は, 発生学上の区分けから来ている(図3)。前者は, 最終的に特殊系の視床腹側基底核を中継して大脳皮質体性感覚野に投射して痛みの感覚を生じさせるとともに, その強弱や局在など詳細な情報を識別・認知する役目を担っている。一方, 後者は, 主に非特殊系の視床内側部の髄板内核群を中継して情動に関係している大脳辺縁系や運動系の大脳基底核ならびに各皮質領域などへ投射しており, 痛みに伴なう不快感・不安や痛み刺激からの回避・逃避行動など情動行動の動機づけに深く関与している。ところで, これらの上行路から延髄へ側枝を出してある神経核を興奮させ, 痛み情報の中枢への入口である脊髄へ下行性にフィードバックを掛けるシステム(下行性抑制系)がある。ちなみに強力な鎮痛薬として知られるモルヒネは, このフィードバックシステムを強く駆動して鎮痛効果を発揮する。このように中枢神経系には, 痛み情報を単に高位中枢へ伝えるのみでなく, 痛みの入力を弱める機能も存在している。

4.痛みの動物実験

痛みを起こす外来性刺激を侵害刺激(noxious stimulation)と呼ばれる。 実験上, 人為的に侵害刺激を加える方法は図4に示すように, 大きく分けると物理的刺激法および化学的刺激法がある。いずれの刺激法も基本的には, 刺激エネルギーがある一定レベルに達すると前述の末梢一次知覚神経繊維ならびに痛覚伝導路を興奮させ, 痛み感覚を生じさせることになる。ただし, ヒトにおける実験の場合は, 痛みを言葉によって明瞭かつ具体的に実験者へ伝えられるが, 動物は残念ながらそのような術を持っていない。したがって, 動物が真に我々人間と同じ痛み感覚を有するかどうか未だ確認できていないので, 痛み刺激によりに誘発される一連の反応を仮性疼痛反応(pseudonociceptive response)あるいは有害反応(aversive response)と言うのが一般的である。我々が動物実験を行なった際, 理想的には観察される全ての反応を痛みのparameterとして測定・記録すれば良いのだが, 非現実的であるので我々は, 実験目的に合致した parameter を選択し, また, そのparameter を如何に客観的評価を行なう(例えば数値化など)かが重要なポイントであろう(図5)。さらに, 意識下の痛み刺激は, 程度の差はあるものの精神的苦痛を伴なう可能性も否定できない以上, 加える侵害刺激は必要最低限にとどめる事も考慮すべきである。
著者は, CAP の発痛作用を, 被刺激部位として体性痛の血管痛を選び, 手法として電気生理学的に痛覚伝導路に対する特異性を観察するとともに, 行動薬理学的手法によりその発現機序について検討した。

5.CAP の痛覚伝導路に対する特異性

ネコ(雌雄成猫)の中枢神経内痛覚伝導路の1つである旧脊髄視床路の視床内側核群(主に中心外側核)から, 微小金属電極により細胞外単離導出した66個のニューロンの自発発火活動に対する非侵害刺激(皮膚への tappingとair-puff)および侵害刺激(皮膚への有鈎鉗子によるpinching)の体性感覚刺激とCAPおよびBK大腿動脈内逆行性投与の影響を調べた。この領域の反応特性として侵害刺激に反応性を示すニューロンが多数存在することが知られており, 本実験でも66個中36個(約55%)とその割合が高かった。また, 36個中 CAPに反応したものが33個と侵害刺激受容ニューロンの実に92%にも及び, BKに反応したもの(75%)と比較してより多くの侵害刺激受容ニューロンを興奮させた(表1)。図6にその典型的な興奮パターンを示したが, CAPおよびBKに反応したニューロンの反応様式(潜時と持続時間)を比較すると, CAPの短い反応潜時が特徴的であった。また, CAPおよびBKのニューロン活動の興奮作用は,麻薬性鎮痛のモルヒネ(2mg/kg, i.v.)により他の侵害刺激とともにナロキソン拮抗性の抑制効果が観察された事より, オピオイド感受性であることが判明した(図7)。しかしながら, 非ステロイド系抗炎症薬であるアスピリン(100mg/kg, i.p.)は, BKの反応のみ抑制し, CAPの反応にはほとんど影響を与えなかった。以上の結果は, CAPの動脈内投与が痛覚伝導路を特異的かつ強力に活性化させて痛みを引き起こす可能性を示すものと考えられる。次に痛みとしての 確証を得るため,モルモット啼声反応(vocalization response)を指標にした行動薬理学的手法を用いて検討を加えた。

6.モルモット仮性血管痛モデルへの応用

古くから動物の啼声反応(vocalization response)は, 言語を持たない動物(ヒトでは言葉を話せない乳幼児も含まれる)における痛みおよび情動行動の評価・判定法の1つとして利用されている。ここでは, 外来刺激に対して鳴きやすい動物として知られているモルモットの後肢大腿動脈内へ慢性的 cannulation を施し, ネコと同様の実験スケジュールでCAPの反応特性について検討を加えた。 実験にはHartley 系雄性モルモット(体重 500−530g)を使用し, 慢性 cannulation はエーテル麻酔下で行ない, 術後14日以上経過してから実験に供した。実験は, 図8に示すように半拘束下で行ない, 啼声反応の記録は, 音声をシグナルプロセッサーにて積分してその積分図を定性的に評価するとともに, より客観的な評価(定量化)の為に, その積分値をVC(vocalization count)値として求め, 反応の統計的比較に用いた。まず, この方法が客観的評価に適当かどうか確認するため, CAPをはじめとするBK, アセチルコリン(ACh)およびCAP誘導体のNVAなど発痛物質と言われるいくつかの化学物質を動脈内投与して啼声反応の有無とその時得られたVC値が投与用量に依存するかどうか確認を行なった。その結果, いずれもある一定用量以上で啼声反応を惹起し, また各物質の投与用量を段階的に増加させて行くと用量依存的に反応およびVC値が増大することが認められた(図9)。また, CAP およびBKの反応様式は, ネコの場合とほぼ同様であった。さらに, CAPとBKの反応に対するモルヒネ(10mg/kg, i.p.)とアスピリン(100mg/kg, i.p.)の影響について検討したところ, モルヒネは両者の反応をナロキソン拮抗性に, またアスピリンはBKの反応のみを抑制したことから(図10), CAPの痛覚伝導路に対する特異性が行動学的に強く裏付けされた。以上の結果ならびに血管内・腰髄クモ膜下腔内への局所麻酔薬投与(痛覚伝導路の遮断)による啼声反応の著しい減弱およびCAPの大量投与(脱感作)による脊髄内一次知覚神経伝達物質のタキキニン類(サブスタンスP)含有量の著明な減少を伴なったCAPおよびBK誘発啼声反応の消失から, このモルモット啼声反応モデルは, 仮性血管痛モデルとして有用であることが示された。

7.CAP の発痛作用発現機序

次にCAPによる血管痛の発現機序の一端を詳細に検討するため, 本モデルを用いて,脊髄レベルにおける一次知覚神経伝達物質との関連を調べた。図11に示すように, 現在痛み情報の脊髄内伝達に数種の化学物質が候補に上がっており, その中でもタキキニン類のサブスタンスP(SP), ニューロキニンA(NKA)および興奮性アミノ酸の3つに関しては, 二次側受容体が確定されており, また個々の選択的拮抗薬も開発されているので, これらの受容体拮抗薬を脊髄クモ膜下腔内(intrathecal ; i.t., 図8)投与した時のCAP誘発啼声反応に対する影響について観察した。なお, SP(NK1受容体)拮抗薬としてCP-96,345(50nmol/animal), NKA(NK2受容体)拮抗薬としてMEN-10,376(40nmol/animal)および興奮性アミノ酸(NMDA受容体)拮抗薬としてMK-801(20nmol/animal)を用いた。その結果, CP-96,345 はCAP誘発啼声反応に対して有 意な変化を与えなかったが, MEN-10,3476とMK-801の両拮抗薬は有意にVC値を減少させた(図12)。さらに, SP, NKAおよびN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)の1nmol i.t.前投与によるCAP誘発啼声反応増強効果が, 特にNKAとNMDA投与モルモットにおいて強く発現した事より, CAPによる血管痛の発現機序には, 主に脊髄内NK-2受容体とNMDA受容体が重要な役割を担っているものと思われる(図13)。しかしながら, これら拮抗薬の減少率は約 50%にすぎず,またMK-801とMEN-10,376との併用実験においても減少率がさほど変化しない事から他の伝達物質がCAPの発痛作用に関与していることが十分考えられる。今後はこの点を考慮しながら検討して行きたい。

引用文献

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図表の表題
図表は省略しました.
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