補遺3 動物実験に用いられる代表的な麻酔薬

 ここには代表的な実験動物であるマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌに用いられる一般的で簡便な麻酔法を示した。このほかにも有効な方法が多数あり、詳細はぜひ専門書をご覧いただきたい。なお、麻薬及び尚精神薬取締法に定められた麻酔薬を研究に使用する施設は、厚生大臣又は都道府県知事に登録しなければならない。ここに紹介した方法は養賢堂発行「バイオメディカルリサーチマニュアル:倉林譲編」を参考にしてまとめた。又、獣医麻酔外科学会編「獣医麻酔の基礎と実際」(学窓社)が参考になる。

1. マウス・ラットの全身麻酔法
2. モルモットの全身麻酔法
3. ハムスターの全身麻酔法
4. ウサギの全身麻酔法
5. ネコの全身麻酔法
6. イヌの全身麻酔法
7. イヌ、ネコにおける吸入麻酔法の概念


1.マウス・ラットの全身麻酔法
(1)注射麻酔

 * ペントバルビタール
 睡眠作用が強力で、心臓血管系及び呼吸器系の抑制作用が強く、鎮痛作用や筋弛緩作用はない。
 麻酔期が得られる用量は呼吸停止量に近いので、単独使用より睡眠状態を得る薬剤として少量を投与し、吸入麻酔薬(ジエチルエーテル、ハロタン、セボフルラン等)と併用することが望ましい。
 腹腔内投与が一般的に用いられ、投与量30〜40J/Lで30〜60分の安定した手術適期が得られる。
 マウスの麻酔には、ネンブタール注射液(濃度50J/N)を生理食塩水で10倍に希釈し体重10K当たり0.06〜0.1Nを腹腔内投与する。これにより30〜50J/L投与したことになる。
 ラットの麻酔には同じ10倍希釈液を体重100K当たり0.6〜0.8N腹腔内投与する。これにより30〜40J/L投与したことになる。
 * チオペンタール
 投与量30〜40J/Lで5〜10分の短時間麻酔が得られる。静脈内投与である。血管外に漏出すると刺激が強いので注意が必要である。
 * 塩酸ケタミン+塩酸キシラジン混合麻酔
 この組み合わせは、マウスではペントバルビタールに次いで多く利用されている。15〜30分の深い鎮静ないしは浅い麻酔状態が得られるため、小処置に利用されているが、老齢動物にも使用できる。塩酸ケタミン単独では麻酔状態にはいたらず、塩酸キシラジンと併用することにより、処置はやりやすくなる。呼吸器、循環器抑制の強いペントバルビタールでは危険が予想されたり、深い催眠状態では行えない神経系の処置には有用である。しかし、体性痛を伴う手術等には用いてはならない。
  混合例 マウス用 ケタラール(塩酸ケタミン57.8J/N含有):セラクタール(塩酸キシラジン23.3J/N含有)=18:5の割合で混合し、ラット体重100K当たり0.23Nを腹腔内投与する。これによりケタミン+キシラジン=90J/L+10J/Lの組み合わせとなる。その他の組み合わせでは、ケタミン+キシラジン=45J/L+4.5J/Lを筋肉内注射、又は、ケタミン+キシラジン=80J/L+12J/Lを腹腔内に注射することが勧められる。

(2)吸入麻酔
 * ジエチルエーテル
  極めて容易に気化し、手術麻酔期が得やすく、麻酔管理が簡単で安全で、麻酔が深過ぎない限り、血圧を始めとする循環機能が比較的よく維持される。更に、鎮痛作用は強く、筋弛緩を伴う良い麻酔が得られる。加えて、安価であることから、小型実験動物には広く用いられている。他方、引火性、爆発性があるので、実験室には十分な換気装置を備える必要がある。又、気道刺激性が強いことに注意が必要である。
  麻酔ジャーに脱脂綿を置きエーテルをしみこませる。その上に金網の台などを置き、マウスを乗せ、蓋をして吸入させる。又、小型ビーカーに脱脂綿を詰め、エーテルをしみこませ、動物の鼻に当て吸入させる方法等が一般的である。
 * ハロタン、イソフルラン、セボフルラン等
 キャリアーガスに酸素を用い、気化器により適正な濃度の吸入麻酔薬を供給する。当初5%の濃度で導入し、約3%で維持する。ジャー等を用いる時は、あらかじめ、約3%の濃度のガスに容器内の空気を置換しておく。直接吸入させるため、ノーズコーンを用いることを推奨する。短時間の麻酔では、麻酔ジャーを使うこともできる。
 なお、ハロタンには肝毒性及び妊娠婦人に対する影響がある。又、クロロホルムは、人に対して発癌性が認められ、推奨できない。

(3)麻酔の判定及び管理
 まず立ち直り反射の消失を確かめ、次に有鈎ピンセット等で足指や尾への刺激に対する反応の消失を確かめる。一方、呼吸数が極端に減り(正常はマウス180回/ 分、ラット90回/分)、大きな息をするのは過剰麻酔の危険な状態である。吸入麻 酔であれば麻酔薬を遠ざけ、胸部を圧迫したり、ゴムやシリコンのスポイト(乳 首)等で人工呼吸することにより回復することがあるが、注射麻酔では回復しな い。麻酔中には体温低下をきたすので、保温マット等で保温することが勧められ る。

2.モルモットの全身麻酔法
 モルモットは、他のげっ歯類に比べ安全性の高い注射薬が得難く、術後に呼吸器感染、消化器障害や摂餌量の減少等の各種障害が発生しやすい。加えて、モルモットは抗生剤に感受性が高く、ペニシリン等の投与で腸炎を起こし死亡するため、実験目的別の効果的な麻酔薬を選択し、術前、術中、術後の管理を綿密に行う必要がある。
(1)注射麻酔
 モルモットは気道が狭いので、硫酸アトロピンの麻酔前投薬が欠かせない。これは心臓の迷走神経の過度の抑制を予防し、不整脈の発現を減少させ、副交感神経末端でアセチルコリンと拮抗し、気管平滑筋の弛緩作用、唾液や気道分泌物の抑制等の効果が期待される。通常は麻酔薬投与前約15〜30分に0.05J/Lを皮下注射しておく。
 * 塩酸キシラジン+塩酸ケタミン
  この組み合わせはモルモットの注射麻酔薬として比較的安全である。
  キシラジンとケタミンをそれぞれ7.5J/L+52.5J/Lになるように混合し、 腹腔内注射する。
 * ペントバルビタール
  ネンブタールを生理食塩水で5倍に薄める(10J/N)。アトロピン投与後、30J/Lを目安に静脈[後肢伏在(サフェナ)静脈、舌下静脈、陰茎背部静脈等] にゆっくり投与する。これにより30〜60分の麻酔が得られる。なお、腹腔内投与は十分な麻酔技術があれば可能であるが、薬用量を間違えると危険である(40J/L)。    
 * 塩酸ケタミン+ジアゼパム
 硫酸アトロピン投与後、塩酸ケタミン5J/Lとジアゼパム100J/Lの割合で混 合したものを筋肉内に投与する。

(2)吸入麻酔薬
 * ジエチルエーテル
 モルモットを入れることのできる透明なガラス製の標本瓶やデシケーターの底 にジエチルエーテルを入れて気化させ、動物を入れ、外から見て十分な麻酔状態 になったところで、動物を取り出す。この時、麻酔薬液が身体に触れないように工夫する。
 * ハロタン、イソフルラン、セボフルラン等
  これらの吸入麻酔薬も推奨される。ただし、ハロタンには、肝毒性及び妊娠婦 人に対する影響がある。フェイスマスクによる麻酔は、キャリアーガスに酸素を 用い、気化器により適正な濃度の吸入麻酔薬を供給する。当初5%の濃度で導入し、約3%で維持する。ジャー等を用いるときは、あらかじめ、約3%の濃度のガスに容器内の空気を置換しておく。直接吸入させるためノーズコーンを用いるとよい。
なお、クロロホルムは人に対して発癌性が認められ、推奨できない。

(3)麻酔の判定
  浅麻酔:痛覚反射が残っているので、痛み刺激に対し呼吸数や心拍数が増加し、 眼瞼反射や瞳孔の収縮、流涙が見られ、咽喉頭反射が残っている。
  麻酔期(手術適期):呼吸は減少するが、規則的な胸腹式呼吸を繰り返し、血圧 や心拍数が安定し、眼瞼反射は鈍く、瞳孔は散大気味だが安定してい る。咽喉頭反射は消失し、顕著な筋弛緩効果が見られる。痛覚反射が消失する。内臓の牽引による引き込み反射の消失がある。
  注1]  咽喉頭反射:口腔を大きく開け咽喉頭を綿棒等で刺激すると、咽喉頭部を狭搾させ、オエーとなるのがこの反射であり、麻酔期にはこの反射が消失する。又、舌を引き出すと引き込む反射があり、この反射の消失を基準にすることもできる。更に、咽頭を刺激すると咳嗽反射と言ってせき込むが、この反射も消失する。
  注2] 内臓牽引による引き込み反射:消化管は自律神経のうち副交感神経(迷走神経)の支配を受けており、蠕動運動等により消化管運動が起きているので、開腹時に臓器等の牽引により、引き込み反射が見られる。
  深麻酔:腹式呼吸となり、呼吸数が顕著に減少する。心拍数、血圧が低下し、眼 瞼・角膜反射の消失、角膜乾燥、腹筋の異常運動等が見られる。

3.ハムスターの全身麻酔法
 ハムスターは、必ずしも安全性の高い麻酔法の検討が十分に行われているわけではない。加えて、ペントバルビタールやエーテルに対する感受性に個体差があり、手軽に安全な麻酔を施しにくい。このため、注射麻酔では鎮静薬・鎮痛剤と麻酔薬との併用がよく、吸入麻酔はエーテルよりもハロタンと笑気等との組み合わせによる慎重な麻酔が望ましい。

(1)注射麻酔
 * 塩酸ケタミンと塩酸キシラジンの混合
  塩酸ケタミン50〜200J/Lと塩酸キシラジン10J/Lを腹腔内に投与する。

(2)吸入麻酔
 * ハロタン・イソフルラン・セボフルラン等
  これらの吸入麻酔薬が推奨される。麻酔はキャリアーガスに酸素を用い、気化 器により適正な濃度の吸入麻酔薬を供給する。ジャー等を用いるときは、あらか じめ約3%の濃度のガスに容器内の空気を置換しておく。直接吸入させるためノーズコーンを用いるとよい。
 * ジエチルエーテル
  短期間であればエーテルによる麻酔も可能である。透明なガラス製の標本瓶やデシケーターの底に脱脂綿等にしみ込ませたジエチルエーテルを入れて気化さ せ、注意深く観察し十分な麻酔状態になったところで、動物を取り出す。この時麻酔薬液が身体に触れないように工夫する。

4.ウサギの全身麻酔法
 ウサギは、ストレスに対する感受性が高い動物であり、できれば飼育室内で鎮静薬の投与(塩酸ケタミン25J/L筋肉内注射)を行い、その効果が現れるのを待って実験室へ移すと良い。又、ウサギは嘔吐、胃内容物を逆流することがきわめて少ない動物で、イヌ、ネコ等のように麻酔中の気道閉塞予防のために絶食絶水させる必要はない。

(1)注射麻酔
  ウサギは大きな耳を持ち耳静脈の確保が容易なことから、一般的には静脈内投与が行われる。しかし、術者にあまり麻酔の経験がない場合には、筋肉内注射を勧める。
 * 塩酸ケタミン10J/Lと塩酸キシラジン3J/Lを別々に静脈内投与することにより30分程度の外科麻酔が得られる。
 * 塩酸ケタミン35J/Lと塩酸キシラジン5J/Lを筋肉内投与することにより20〜40分程度の麻酔が得られる。ただし、上記の静脈内投与とこの筋肉内投与を麻 酔時及び覚醒時に比較すると、動脈血圧が30%程度抑制するので、注意を要する。
 * ペントバルビタールは、ウサギでは無呼吸が発生し麻酔死が発生することがあるので、勧められない。

(2)吸入麻酔
 * 吸入麻酔薬にはハロタン、イソフルラン、セボフルランがある。いずれもよく使われている。吸入麻酔には各種の器具が必要である。簡易には、ビニール袋や麻酔箱にウサギを入れ、次に麻酔ガスを入れ、密閉する。この時、ビニール袋や麻酔箱には動物を観察する透明な観察窓が必要である。麻酔ガスの導入は麻酔器  を用いるほか、脱脂綿等に十分量の吸入麻酔薬を吸収させ、麻酔箱内に置くことによってもできる。ただし、吸入麻酔濃度を制御できないので、動物の状態観察を十分行う必要がある。更に、即効性に優れるセボフルランでは、脱脂綿に麻酔薬を吸収させ、直径5Bの円筒状の容器の底に入れ、それを動物の鼻口部に当てる   ことにより、麻酔導入可能である。
 安全な吸入麻酔は、吸入マスク(ネコ用吸入マスクが市販され、利用できる)を循環式の麻酔器に接続し、鼻口部に当てる。この場合もセボフルランは、ウサギではその臭いによる忌避行動を起こさないことから、使いやすい薬剤である。   
 * エチルエーテルのウサギの呼吸麻酔は可能である。しかし、一般的に言えるこ  とであるが、エーテルは爆発性、引火性があり、換気が十分に行える場所以外では危険である。このようなことからジエチルエーテルはなるべく避けた方がよい。    
 * 気管挿管法については成書を参考にされたい。

(3)麻酔の判定
 「2. モルモットの全身麻酔法(3)麻酔の判定」参照。

5.ネコの全身麻酔法
 ネコの麻酔には獣医学の十分な知識と技術が必要であり、安易な麻酔は行うべきではない。専門家の指導を仰ぎ、又、医学領域で多くの成書があるので、それらを参考にすべきである。

(1)麻酔前投薬
 * 硫酸アトロピン
  抗コリン作動抑制薬として、流涎や気道の粘膜分泌を抑制し、気管支を拡張する。全ての麻酔の前投薬として有効である。麻酔30分前に0.03〜0.1J/Lを皮下又は筋肉内に投与する。
 * 鎮静薬として塩酸クロルプロマジン、ジアゼパム、塩酸キラジン等の前投薬は、それぞれの麻酔薬の量を減少させたり副作用を抑えるのに有効である。使用方法等は各注射麻酔の項に併記した。

(2)注射麻酔
 * ペントバルビタール
  25〜30J/Lの静脈内投与で20〜30分の短時間麻酔が得られる。投与量の1/2量を30〜40秒かけて注入し、残りをさらに瞳孔や全身状態を観察しながら注入する。麻酔覚醒には4〜6時間かかり、術後の保温に注意する。追加麻酔は、初回投与の1/2以下にする。ペントバルビタールの腹腔内投与では35〜40J/Lを使用する。深麻酔は10〜15分で生じ、刺激の大きい施術操作の作用時間は1時間前後、弱い場合は6時間程度の操作が可能である。なお、30分前に硫酸アトロピンの前投与は欠かせない。
  鎮静薬の前投薬が有効である。塩酸クロルプロマジン(1〜3J/L筋肉内注射)又はジアゼパム(1〜3J/L静脈内又は筋肉内注射)、塩酸キシラジン(1〜3J/L筋肉内注射)等の前投薬により覚醒の遅延、覚醒時の興奮、遊泳運動、絶叫等を抑えることができペントバルビタールの投与量も1/2〜1/3に減量できる。
 * チオペンタール
  0〜20J/Lの静脈内投与で数分から10数分の麻酔が得られる。上述の硫酸アトロピンや鎮静薬の前投薬が有効である。
 * 塩酸ケタミン
  15〜35J/Lの筋肉内投与により15〜20分の麻酔が得られる。投与後は5〜8分後にネコは盛んに舌なめずりをして舌を出し、眼は開いて瞳孔は散大し、横臥する。硫酸アトロピンの投与は有効である。     
 * 塩酸ケタミン+塩酸キシラジン
  塩酸キシラジン1〜2J/Lを筋肉内注射し、10分後に10〜15J/Lの塩酸ケタミンを筋肉内注射をする。3〜5分で外科的麻酔期が得られ、2時間程度持続する。
 * 塩酸ケタミン+ジアゼパム
  0.5〜1.0J/Lのジアゼパムと6〜8J/Lの塩酸ケタミンを混合し静脈内注射を行うと、15分程度の麻酔が得られる。

(3)吸入麻酔
  短時間、長時間にかかわらず麻酔深度についての調節が容易で、短時間で覚醒する安全な全身麻酔である。しかし、吸入麻酔用の器材設備と専門知識及び技術が必要であり、専門家の指導を仰ぐ必要である。ここでは、「7. イヌ、ネコにおける吸入麻酔法の概念」として最後に紹介した。

(4)麻酔の判定
   「2. モルモットの全身麻酔法(3)麻酔の判定」参照。

6.イヌの全身麻酔法
  イヌの麻酔には獣医学の十分な知識と技術が必要であり、安易な麻酔は行うべきではない。専門家に相談し、又獣医学的領域で多くの成書があるので、それらを参考にすべきである。
  一般に全身麻酔をかけるときは、鎮痛(無痛)、意識の消失、筋弛緩、そして有害な反射がないことが求められる。事前の準備として全身状態の把握はもちろんのこと、イヌでは麻酔により嘔吐の見られることがあるので、絶食を行う。通常は12時間以上の絶食及び2〜3時間の絶水を行う。次に、鎮静、分泌物の抑制、麻酔薬投与量の減少、迷走神経反射抑制、嘔吐抑制、覚醒時の興奮や体動抑制を目的として麻酔前投薬を行う。

(1)麻酔前投薬
 * 硫酸アトロピン(副交感神経遮断薬で唾液流涎や気管粘膜からの分泌抑制、迷走神経反射抑制を行う):0.02〜0.05J/Lを筋肉内に投与する。投与後15〜30分で効果が現れはじめ、1〜2時間持続する。
 * 塩酸クロルプロマジン(鎮静作用、自律神経遮断作用、抗ヒスタミン作用、制吐作用がある):1〜6J/Lを筋肉内注射する。0.5〜2.0J/Lの静脈内注射、又は経口的に錠剤を投与する場合は0.5〜8.0J/Lで効果が得られる。
 * ジアゼパム(強力な静穏・鎮静作用、自律神経安定化作用、抗痙攣作用及び筋弛緩作用を有し、血圧、呼吸等に及ぼす副作用が少ない):一般に静脈内又は筋肉内注射で用いられ、2〜3J/Lで脱力、5J/Lで横臥して1〜2時間鎮静作用が持続する。 
    
(2)注射麻酔    
  イヌの静脈内注射は、前肢では橈側皮静脈、後肢では伏在(サフェナ)静脈で行う。
 * チオペンタール
  超短時間作用性麻酔薬なので、比較的大型のイヌの吸入麻酔の導入や5〜15分程度の小手術時に単独で使用される。呼吸抑制作用が強いので過剰に投与しないように注意しなければならない。
  通常25J/Lを静脈内に投与するが、個体差が大きく15〜35J/Lの範囲で適宜増減する、標準量の半量を比較的速やかに注入し、その後イヌの様子を見ながら残りの半量をゆっくりと追加注入する。最初の半量を注入したところでイヌは脱力し、倒れかかるようになる。その後さらに半量を注入すると、一旦瞳孔は散大するがしばらくすると縮小し、眼球の内方回転が見られ、ついには白い瞬膜が出てきて覆うようになる。眼瞼反射も麻酔期に入る。
 * ペントバルビタール
  通常25〜30J/Lの静脈内投与により30〜60分の麻酔期が得られる。麻酔持続時間は個体による差が大きい。本剤は呼吸抑制や血圧低下作用を有するため、静脈内注射による場合はできるだけゆっくりした速度(30〜60秒)で注入する。覚醒時に遊泳運動や震え等の興奮状態を示すことが多いので、完全に覚醒、回復するまでの間は注意が必要である。
 * ペントバルビタール+塩酸キシラジン
  上記ペントバルビタール単独投与の欠点を補うため、トランキライザーの麻酔前投薬を行う。例えば、ジアゼパム1〜2J/Lの筋肉内注射や塩酸キシラジンの1〜2J/Lの皮下注射を行うと円滑な導入と覚醒が得られ、ペントバルビタールの投与量も1/2〜1/3ですむ。実際の例として、硫酸アトロピン0.03J/Lの皮下注射後10分を経て塩酸キシラジン1〜2J/Lを皮下注射し、ついで5〜10分後にペントバルビタール4〜13.5J/Lを徐々に静脈内注射する。これにより40〜50分間の外科的麻酔期が得られる。追加麻酔が必要な時は、ペントバルビタールを2〜5J/Lの範囲で行う。
 * 塩酸ケタミン
  鎮痛作用は強力であるが、一般に内臓痛は残り、筋肉が弛緩しないため硬直したカタレプシー状態を示す。瞳孔は開いたままで、意識の完全消失もない。投与後まもなく痙攣性発作の生ずることがあるが、しばらくするとおさまる。咽喉頭反射が残るが、イヌの場合は塩酸ケタミン投与による気管チューブの挿管ができる。
  塩酸ケタミン投与により強い流涎や気管粘膜からの分泌亢進がみられるので、硫酸アトロピンの前投薬は不可欠である。しかし、これにより角膜の乾燥や損傷が起こる恐れがあるので、眼軟膏を塗布する。
  投与は10〜20J/Lを静脈内に投与する。安全域が広いため追加投与が可能であり、麻酔時間の延長が可能である。又、小型イヌには10J/Lを筋肉内注射を行うことにより20〜30分の麻酔期が得られるが、個体差は大きい。筋肉内注射時に疼痛があるので、ゆっくりと注入する。
 * 塩酸ケタミン+塩酸キシラジン
  筋肉を弛緩させるためにトランキライザーの前投薬が望ましい。ジアゼパム1〜2J/L又は塩酸キシラジン1〜2J/Lを皮下もしくは筋肉内注射を行う。これにより塩酸ケタミンを半量程度に減らすことができる。例えば、硫酸アトロピン0.03〜0.05J/Lの皮下注射と同時に塩酸キシラジン1〜2J/Lを皮下注射し、20分後に塩酸ケタミン5〜15J/Lを筋肉内注射する。10〜15分後に筋の弛緩と痛覚の消失が見られ、20〜30分間にわたり外科的麻酔期が得られる。簡単な開腹手術も可能である。

(3)吸入麻酔:次項参照。

7.イヌ、ネコにおける吸入麻酔法の概念 
 吸入麻酔は注射麻酔法に比べ短時間、長時間にかかわらず麻酔深度についての調節が容易で、短時間で覚醒する安全な全身麻酔である。しかし、ジエチルエーテルで簡便に行える実験小動物と異なり、特にイヌ・ネコの吸入麻酔には専用の設備器材が必要である。又、専門知識及び技術が必要である。従って、ここでは方法の紹介程度にとどめた。吸入麻酔の実施を希望する人は、器材設備の整備と技術の習得のために専門家の指導を仰ぐ必要がある。

1)吸入麻酔薬:吸入麻酔薬にはガス麻酔薬と揮発性麻酔薬がある。
 * ガス麻酔薬
  ガス麻酔薬では笑気(亜酸化窒素N2O)だけが使用されている。わずかに臭気のある非爆発性ガスである。麻酔作用は極めて弱いため笑気と酸素との混合ガスにハロタン、イソフルラン等の揮発性麻酔薬との併用により使用する。
 * 揮発性麻酔薬
  ジエチルエーテル:長い歴史を持つ全身麻酔薬であるが、引火性・爆発性という決定的な短所を持ち、他の安全で作用の強力な吸入麻酔薬が開発された現在では、実験小動物の簡易麻酔以外にはほとんど使用されなくなっている。
  ハロタン:強力な麻酔薬であり、引火性・爆発性はなく、気道の刺激も少ない。何よりも調節性が優れているため、大部分の動物種で安全に麻酔を実施できる。導入、覚醒は早い。しかし、ハロタンの20%は肝臓で代謝されるため、短期間に反復投与すると肝臓障害を起こすことがある。肝臓障害を持つ動物には使用しない方が良い。又、比較的強い循環器系の抑制作用を有し、不整脈や期外収縮等も認められる。ハロタンの使用時には気化濃度を正確に保てる気化器が必要であるが、正確な気化器が市販されているので安全な麻酔が可能であり、利用頻度が高い。
  イソフルラン:理想的な麻酔薬に近く、人の臨床では汎用されている。イソフルランはハロタンに比べ麻酔の導入、覚醒が早く、麻酔深度の調節や安定性が良い。麻酔作用も強力である。肝臓、腎臓に対する毒性もなく、心筋収縮に対する抑制も少なく、不整脈の発生もない。軽度の呼吸抑制作用や気道刺激性があるが、あまり問題にはならない。気化器は専用のものがあるが、ハロタン気化器を転用できる。
  セボフルラン:イソフルランよりも少しは劣るが強力な麻酔作用を持つ。導入は速やかで蓄積性もないため、覚醒も早い。麻酔深度の調節性にも優れている。認可されたのが1990年と新しく、今後極めて有望な麻酔薬である。気化器は専用のものが必要である。

(2)麻酔導入手技の実際ーハロタン麻酔を例としてー
 * 必要器材:閉鎖循環式吸入麻酔器、ハロタン気化器、酸素ガスボンベ、酸素ガス減圧弁、フローメーター(流量計)、呼吸バック、Yピースと蛇管、気管チューブ、咽頭鏡等
 * 実施の手順:1. 動物の準備(絶食、絶水等)
        2. 前投薬(硫酸アトロピン、塩酸キシラジン、ジアゼパム等の投与)
        3. 麻酔の導入(チオペンタール等の投与)
        4. 気管チューブ挿管
        5. 維持麻酔(ハロタンの導入)
        6. 麻酔の覚醒(酸素のみの吸入)
        7. 回復処置
        8. 麻酔薬の商品名
  ここで取り上げた麻酔薬の商品名を掲載した。


薬 品 名

商 品 名

薬品含有濃度
ペントバルビタール* ネンブタール 50mg/ml
ソムノペンチル 64.8mg/ml
チオペンタール ラボナール 300mg/ml,500mg/ml,5g/ml
塩酸ケタミン ケタラール50 57.6mg/ml
塩酸キシラジン セラクタール 23.3mg/ml
ジアゼパム* セルシン 5mg/ml,10mg/ml
ホリゾン 10mg/ml
塩酸クロルプロマジン コントミン 10mg/2ml,25mg/5ml,50mg/5ml
硫酸アトロピン 硫酸アトロピン 0.05mg/ml
ハロタン フローセン 99.99%
イソフルラン フォーレン 100%
セボフルラン セボフレン 100%
*印の薬品は麻酔及び向精神薬取締法に定められた麻酔薬を示す。


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